『トヨタの口ぐせ』(中経出版)には、トヨタの現場で語り継がれた言葉が、責任者たちによって紹介されている。
「流されるな、自分の仕事はもっとあるだろう」、「データで仕事しよう、ワーストから潰そう」、「真因を探せ」、「一週間ものが動かんかったら捨てろ」など、わたしたち書店員にも為になる言葉が溢れている。
啓文社にも、諸先輩から何度も聞かされてきた言葉がある。つまり、「啓文社の口ぐせ」である。
「合理主義者は祭りをなくす」。
この言葉は前にも紹介したことがあるが、啓文社で繰り返し使われている言葉だ。祭りは深く関れば関るほど手をとられるだけで得がない。何でも合理的に物事を進めようとして無駄を排除していこうと考えれば、祭りは一番にいらない。しかし、祭りのない町のなんと味気ないことか。
書店現場においても、一見「無駄」と思えるようなことでもやった方が良い場合がある。すべてを「儲からない」「経費がかかる」という基準で判断するのはやめよう。そんな時によく使われる。
啓文社では、「祭り」をたとえ話として使っているが、実際の「祭り」においても同じである。尾道には、尾道みなと祭やベッチャー祭りといった町全体が盛り上がる大きな祭りがある。春におこなわれる尾道みなと祭のメイン・イベントに「ええじゃんSANSA・がり」踊りコンテストがあり、啓文社も毎年参加している。広島教販との連合チームで約70人。いつも手塚社長が一番張り切っている。100人チームを目指し、社長自ら個別に勧誘する。新卒採用の面接で、「あなたは祭りの時に踊りに参加してくれるか」と訊いたことさえある。
祭りの一か月前から、夜、集まって練習をする。本社の2階から「えーじゃん、えーじゃん」という掛け声が響き渡る。2階の床が抜けるのではないかと思うほど大勢で強く跳ね回る。
踊りコンテストではもちろん優勝を目指しているが、実力のあるチームが多く、いまだ実現していない。そして、結果よりも踊りの後の打ち上げの方が楽しみだったりする。
ある年、打ち上げの最中に手塚社長の携帯電話が鳴った。
「さっきからステージで何度も啓文社を呼んでいるよ。特別賞に選ばれたみたい」
急いで会場に戻ったが、既に照明は消え、ステージの撤去作業がおこなわれていた。とまあ、これも祭りの良き思い出である。
啓文社の口ぐせには「入社一年目の給料は、怒られ賃」というのもある。
入社式や新人研修などでは毎回誰かが口にする。わたしも入社した時、上司から聞かされた。
新入社員には、給料を、会社に貢献した報酬だと勘違いする人がいる。残念ながら入社一年目あたりでは足手まといになることはあっても、戦力とはとても言えない。会社にとって、新入社員の給料は、いわば先行投資である。新人時代は、お客様や先輩社員から叱られることが多い。怒られ賃として給料をもらっていると思って、挫けず精進しなさいという意味だ。普通なら二年かけて覚えることを努力して一年で覚えようとする意欲は必要だが、焦らず着実に育ってほしいという意味も含まれている。
「こんな売場を作るために書店員になったのか」。
ジャンルの区分けが雑になった棚を見て、あまりに無造作に積まれた平台を見て愕然とし、つい売場担当者に向って口にしてしまった。
わかりやすくするために大雑把な言い方をすると、店には毎日千人ものお客さんがレジに来て、棚から千冊の本が消える。次の日までに千冊を棚に収めなければ棚はガタガタになるので書店員はフル回転で本を棚に詰める。何よりスピードが勝負である。
一方、本の並べ方は追求すればきりがない。
どんな関連書を集めてどう並べるか、答えは一つでない。平台では一つ隣りに移すだけで売行きが変わってくる。平台の一等地である一番手前の一番端に何を置くかは重要だ。その本の魅力を伝えるためにキャッチコピーを考える。POPを付けてみる。ポスターを貼ってみる。限られたスペースを最も効果的な方法で彩る。手を加えれば加えるほど売場は輝きを増す。しかし、「これで良し」というゴールは無いから、時間との相談で、どこかで妥協するしかない。
そして、妥協が過ぎれば、おざなりな売場ができる。
考えてみれば売場担当者は、毎日が理想と妥協の戦いである。それはよくわかる。よくわかっているが許せない。
あなたは、こんな売場を作るために書店員はなったのか。
そばにいた後輩があとでこう言った。
「さっきの言葉は最近よく聞きますが、口ぐせですか」
そうです、口ぐせですよ。いつも自分自身に言っている。