「専門書は、休日に広島市か岡山市まで出かけて買っているよ。尾道には大きな書店がないからね」
これまで何度も聞かされてきた言葉だ。尾道で長年商売をしてきた立場としてはつらい一言である。そういえば最近ではこういったことも耳にするようになった。
「書店に行って、本を探してもらって、なかったら注文して、名前や連絡先を伝えて、入ったら、また取りに行って・・・。その点、アマゾンはいいねえ。面倒でないから」
だから、「地元には啓文社があるから十分」と言ってもらえるような大型書店を作ることこそ我が社の念願だったのだ。
求めていた物件が遂に見つかった。場所は、尾道市と福山市の境。合併により拡がった尾道市南北からのアクセスも良く、向島や因島からも橋を渡ればそう遠くない。福山市西部に位置する松永地区や神村町からも楽に来られるはず。もともとホームセンターだった建物は、売場だけで800坪ある。200台収容できる駐車場も魅力だった。
これだけ好条件が揃った物件も珍しいが、実はひとつだけ問題があった。
わずか800メートル東に、啓文社高須店があるのだ。これほど近くに倍以上の売場面積を持つ書店ができたのでは影響を受けないわけがない。しかし、高須店は通学路にも面しており、手放すにはあまりにももったいない立地だった。そこで、業種を変えることで新店舗と共存させようと考えたのである。
「高須店で本のリサイクルをやろうと思うが、意見を聞かせてほしい」
ある日、手塚淳三社長にこう尋ねられた。
あと何年か経てば、新刊書店が古書を併売することが当たり前の時代が来るはず。それならば、少しでも早く始めてノウハウを蓄積しておくべきだと考え、「ぜひ、やりましょう」と即答した。
「家の中が本でいっぱいになって底が抜けそうだ。ほとんど啓文社で買ったものだから、何とかしてもらえないか」
お客さんからのこういった声を何度も聞いていた。地元のお客さんは、本のことはとりあえず何でも啓文社に相談しようという思いがあるのかもしれない。啓文社が「売るのは新刊本だけ」という枠に納まる必要はない。地域密着型の書店なら可能な限りあらゆる要望に応えていくことも重要だと思う。
本を扱うという点では同じでも新刊本と古本では似て非なるものだ。リサイクル事業に進出するということは、啓文社にとって新事業であり、大きな決断だと思うが、高須店を古書店に生まれ変わらせるアイディアには大きな反対意見もなく、あっけないくらいすんなりとまとまった。
さて、どうやって進めようか。インターネット・カフェはフランチャイズに加盟したが、新刊書店をやりながらリサイクル書店をやるフランチャイズ・チェーンは見当たらないし、何より「啓文社」の看板を掲げ、啓文社ならではの新しいスタイルのリサイクル書店を作りたいという気持ちが強かった。
結局、フランチャイズではない形で、あるリサイクル書店チェーンにお願いして、商品も含めた開店までの準備について協力してもらうことにした。
啓文社リサイクル館高須店の責任者は今利店長。わたしと同期入社で、今から二十年ほど前、啓文社が初めてビデオレンタルを始めた時も、責任者として立ち上げた人だ。わたしのように、元からしっかりと土台のでき上がった書店で働いてきた者とは違い、しくみもルールもない新事業をゼロからスタートさせ、一つずつ積み上げてきた。
今利店長は、開店にあたり、リサイクル書店で2週間修行をした。全国100店舗以上に渡って展開しマニュアルも整備されているチェーンだ。
開店まで秒読み段階。商品が届く。数十冊単位で紐に縛られ、番号が付けられている。紐を解いて、同じ番号の棚に収めていけば、出来上がり。今まで書店の棚詰めを何度も経験してきたが、こんなに簡単なのは初めてだ。
新刊書店では、ほとんどの開店用商品が出版社別に箱詰めされて入荷する。これをジャンルごとに仕分けし、それぞれの売場に運び、そこでさらに細分化し、量と相談しながら棚に収めていく。熟練した書店員がそれぞれの売場に配置され、応援スタッフに指示を出しながら進めていく。注文した本が必ず入ってくるわけではなく、逆に注文していない本が入っていることも多く、なかなか計画どおりにはいかない。途中でどうしてもうまくいかず、最初からやり直すことさえ珍しくない。
ところがこの方法だと、今日、初めて本をさわる素人でも簡単に棚詰めができるのだ。まさかこんなに簡単に棚詰めができるとは思わず、予定より早く準備ができた。
さて、啓文社には、従来の古書店を真似する気持ちはさらさらなく、というより、古書店の真似などそう簡単にできるわけもない。先に書いたとおり、新刊書店が作る新しいリサイクル書店として、今までになかった試みをしたいと考えていた。古書店、リサイクル書店と新刊書店の違いはPOPの量ではないだろうか。本の宣伝文句や内容情報、お薦めのコメントなどを書いたカードのようなものをPOP(ポップ)と呼ぶ。古書店では「価格」表示がメインで、本の内容などを紹介したPOPが新刊書店に比べて極端に少ない。それならPOPで売場を埋め尽くそうということになった。啓文社福屋ブックセンターの文庫担当、日置さんとわたしで100枚以上のPOPを書いた。
こうして高須店は、啓文社初のリサイクル書店として生まれ変わり、オープンの日を迎えたのだ。宣伝の効果もあり、開店前から玄関には列が並び、開店直後から順調な混み具合。苦労して作ったPOPを見てくださるお客さんもいて、嬉しい気持ちになった。
ふと、単行本の棚を見て愕然とする。
この棚は著者のあいうえお順になっているが、創価学会の池田大作名誉会長の著書の隣に、時代小説の大家、池波正太郎氏の本があり、その隣にタレントの伊集院光がある。新刊書店では、これらはすべてジャンルごとに分かれ、別々の棚に並んでいる。おまけにこの棚の向かい側にビジネス書、趣味書の棚があるにもかかわらず、著者あいうえお順の棚にビジネス書や趣味書が混在していた。
棚詰めが簡単だと喜んでいたが思わぬ落とし穴があった。
急きょ、応援に来ている店長たちを集め、営業中ではあったが、棚詰めをやり直すことにした。
国内作家のあいうえお順にはじまり、時代小説、海外小説を続け、その後にノンフィクション作品を並べた。ビジネス書などは本来の棚に収め、棚の分類を変更しながら、棚見出しを増やし、探しやすい工夫をした。やっつけ仕事ではあったが、とりあえず、恥ずかしくない棚に変えた。
応援に来ていたリサイクル書店チェーン本部の人が、わたしの横に来た。
「さすがですね。あっという間に直してしまいましたね」
いえいえ、と謙遜する言葉を吐きながら、どんなもんだという顔をしていたと思う。
「でも、この棚では、新人スタッフは、買い取った本をどこに収めようか相当悩むでしょうね」
池波正太郎を時代小説作家だと知らなければ、池波作品は時代小説の棚に収めることはできない。昨日今日入ったスタッフに書店の棚を操れるほど生易しいものではない。
しかし、「それではだめだ」と本部の人は言う。今日入ったアルバイトでも棚に入れられなければならず、いかに少ない人数で、いかに早く買い取った本を棚に並べるかが勝負なのだ。それがローコスト・オペレーションの基本であり、そのためにはある程度は目を瞑って、妥協する場面も必要だと語った。
なるほど。でも困った。たとえそれが古書店であろうと啓文社としてしっかりと区分けのできた棚にしておきたい。また、それが他の古書店との明確な違いになるはずである。しかし、それを実現するためには、スタッフを増やし、時間をかけて教え込む必要がある。それでは儲からないではないか。
どこまでを我慢し、どこまでを徹底するか。選択権はすべて啓文社にある。そしてどちらかを選ばなければならない。とりあえず、やりながら考えることにした。
啓文社が作ったはじめてのリサイクル書店。夢と苦悩で満ち溢れた2006年の夏だった。