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第29回目

入院中の日記より。

8月××日
入院124日目。無菌室へ入り、強力化学療法(抗がん剤治療)が始まって2日目。
6:00 起床。体温、血圧、脈拍の測定。
7:30 ベッドから車椅子に移り、消毒液で手を洗い、粉をつけずに歯磨きの後、イソジンガーグルでうがい。
7:40 朝食。食後に感染予防、吐き気止めなど3種類の薬を飲む。
7:55 粉をつけて歯磨きの後、イソジンガーグルでうがい。さらにアロプリノール溶液でうがい。
8:00 車椅子からベッドに移り、消毒液で手を洗い、メールチェック。
9:30 デカドロン点滴(10時まで)。
9:55 体温、血圧、脈拍の測定。
10:00 エトポシド点滴(14時まで)。主治医の問診。
10:10 肺炎予防のための噴霧吸入(10分)。
11:30 ベッドから車椅子に移り、イソジンガーグルでうがい。
11:45 昼食。吐き気止めの薬1種類を飲む。
12;00 歯磨きの後、イソジンガーグルでうがい。さらにアロプリノール溶液でうがい。
12:30 車椅子からベッドに移り、体拭きと着替え。
13:00 担当医の問診。
13:55 体温、血圧、脈拍の測定。
14:00 エンドキサン点滴(17時まで)。
17:30 ベッドから車椅子に移り、消毒液で手洗い、イソジンガーグルでうがい。
17:45 晩食。食後に感染予防、吐き気止めなど3種類の薬を飲む。
18:00 粉をつけて歯磨きの後、イソジンガーグルでうがい。さらにアロプリノール溶液でうがい。
18:20 車椅子からベッドに移り、消毒液で手を洗い、メールチェック。返信。
19:00 体温、血圧、脈拍の測定。
20:55 体温、血圧、脈拍の測定。
21:00 エトポシド点滴(1時まで)。
21:00 消灯。

暇つぶしで書いていた日記だが、感染予防のため、消毒やうがいばかりしていたことがよくわかる。読み進めると、だんだんと体調が悪くなっていく様子も伺える。そして、結局、感染もしている。

8月××日
担当医によると、そろそろ白血球が下がる頃とのこと。今日は朝から胸やけがして、夕方には少し吐き気がしたので、晩食は食べなかった。

8月××日
末梢血幹細胞移殖をおこなってから、上半身を起こすこともつらくなり、パソコンも開けず、まさに寝たきり状態。胸の下から背中にかけて帯状疱疹(ヘルペス)にかかった。本当はすごく痛いらしいが、神経が麻痺している部分なので何ともない。肺に雑菌かカビが入りこんだことが原因で朝から高熱が続いている。

9月××日
毎日、朝、昼、夜と熱が上がりっぱなし。解熱剤で一時的に下げているが、時間が経てばまた上がる。熱の原因は、おそらくウイルス感染症。しかし、何のウイルスなのかがはっきりしない。現状では、いろいろな抗生剤を試し、何日か続けて効果が見られないようだったら別の抗生剤に変えるということを続けている。


あんなにつらい思いをしたのに、意外に忘れていることが多い。大した苦痛もなく治療を乗り越えたと記憶違いをしていたが、日記を読み返し、思い出すと、結構、大変だったのだ。思い出しただけでも気分が悪くなる。虫や鳥の鳴き声、雨の音にさえ、癇に障って仕方なかった。

妻は入院して以来、二日に一度、無菌室に入ってからは、毎日、病院に通ってくれていた。
バスで福山駅まで出て電車に乗り、岡山駅で乗り換えて早島駅に着く。そこからまたバスに乗り、ようやく病院にたどり着くが、バスの時間があわない時は、丘の上の病院まで歩く。夏の日に、たくさんの着替えやタオルが入った袋を持ち、坂を登るのだから、さぞかし大変だったに違いない。

わたしが、体調が悪く、気分のすぐれない時は、妻が来てもろくに話をしないこともあった。ふとんを深く被り、背を向けたまま、眠るでもなく目を閉じていた。やがて妻は、中学に入った娘の暮らしぶりを話し始めるが、「しんどいから静かにして」と不機嫌そうに呟く。
こうなると妻はわたしの調子が回復まで黙って待ち続けるしかなく、結局、一度も言葉をかわすこともなく、顔を合わせることもなく、帰る時間がやって来る。持って来た着替えとタオルをケースに片づけ、代わりに今度は汚れた洗濯ものを空っぽになった大きな袋に詰めこみ、「じゃあ、また明日」と無菌室を出る。
長い入院生活にはこんなこともあったが、この時、彼女は薄暗くなった帰り道で、電車やバスの中で何を思っていただろうか。

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