高校を卒業するまで本などほとんど読まない人間だった。大学に入ると自由になる時間が一遍に増え、暇つぶしに本でも読もうと思ったのだ。単なる暇つぶしがいつしか時間を惜しみ貪るように本を読むようになった。下宿していたアパートから大学行きのバス停に行く途中、小さな書店の前を通る。ここでいつも文庫を買った。芥川賞、直木賞の受賞作を順に読み、気に入った作品に出会うと、同じ作家の別の作品を読む。司馬遼太郎、五木寛之に出会い、夢中になったのもこの頃というわけだ。
お気に入り作家の作品は片っ端から読みたくなる。
2003年の春に入れ込んでいたのは重松清。重松作品は、中年小説が多く、つまりは自分と同じ年代の人間が主人公だ。人の弱さを描きながらも、明日への希望を抱かせる。
田植えが済んだばかりの稲が風に吹かれてひらひら揺れてなんとも頼りなさそうな五月の終わり。抗がん剤による化学療法を中心とした治療と末梢血幹細胞移植をおこなうため、隣県の病院に転院した。文春文庫の新刊『カカシの夏休み』(重松清)を荷物の中に忍ばせた。
この病院は丘の上にあり、水田地帯の中にぽつりぽつりと民家が点在する景色を一望できた。天気が良い日は遥かに淡水湖が見える。もうすぐ無菌室に入るので当分の間、見られなくなる眺めだ。
無菌室に入るまでに揃えておくようにとリストを渡される。下着15枚、タオル小10枚、中15枚、バスタオル3枚、パジャマ10着、極細毛の歯ブラシ、うがい用コップ、割り箸、曲がるストロー、紙コップ、飲料(缶、ペットボトル、パック)、吸い飲み、マスク、ナイロン袋、サランラップ、スリッパ(新品)、ティッシュペーパー。買い集めたのは妻だが、店の人に民宿でも開くのかと思われたに違いない。
大量化学療法後は、造血機能が回復するまで感染症、出血の危険性が高い。免疫不全の状態になるので、雑菌から隔離するために無菌室に入るのだ。衣類などは洗濯した後にも消毒をする。このため手元に戻ってくるまで時間がかかり、たくさんの数が必要となるのだ。缶やペットボトルは、直接、口をつけず、ストローで飲む。箸、ストロー、紙コップなどは、その都度新しいものと取り替える。
無菌室の入室も制限がある。医師や看護師も決められた人が限られた回数しか入室できない。面会が許されているのは家族だけ。入室する際は、ナースステーションで手洗いし、エプロンとマスクをし、スリッパを履き替え、消毒してから入る。
出血すると止まらなくなるから歯ブラシは極細毛のもの。歯を磨く際、充分注意するように指導を受けた。
両下肢麻痺の患者がこの治療を受けるのは稀なケースなので、医師、看護師による説明や注意も慎重な口調だ。両下肢麻痺は、足などが動かせないだけでなく、何かの刺激を受け、勝手に反応する筋肉の動きを抑えられない。痙攣のようなものだが、意思と関係なく、足が曲がったり、伸びたりすることがあり、その際、ぶつけて怪我をすることがある。
「治療の致死率は5パーセント。だけど、あなたの場合は10パーセントかも」
と言われたのは、おそらくそういったせいだ。
二、三週間、ほとんど人と話すことなく、透明のビニールカーテンに囲まれたベッドで暮らすことにストレスを感じる患者もいると聞いていたが、それはまるでなかった。一人静かな場所で静かに過ごす。これは読書には最適な環境だったからだ。
実は、「WEB本の雑誌」というサイトで、新刊採点員(文庫班)に応募したので、今年に入ってからは、毎月の文庫新刊10作品を読んで、それぞれ500字程度の感想を書いていた。入退院を繰り返すなかで、仕事以外でもいろんなことに挑戦したいと思い応募したのだが、まさかまた入院することはなるとは思ってもみなかった。新刊採点員としての任期は一年。入院し、無菌室に入ったからといって、穴を開けるわけにいかない。ビニールカーテンの中で課題図書を読み、ノートパソコンで感想をまとめ、メールで原稿を送った。
最初は、本も消毒した方が良いと言われていた。本を消毒すると、ふやけてしまい、厚さが倍に膨らむ。わたしが読む本は新刊に限られていて、ごく少数の人しか触っていないまま手元に来るから消毒するほどのことはないはずと説明し、ふやけ本は何とか免れた。
暇つぶしとして始めた「読書」は、無菌室に閉じ込められた退屈な時間からも救い出してくれた。本を読んでいれば、宇宙の果てだって、大昔にだって行くことができるのだ。
ところが、治療が進むにつれ、読書どころではなくなってきた。