妻と中学三年の娘とわたしは、見事なほど、読む本の趣味が異なる。ごく稀に二人の好みが一致することがあるが、その場合も残りの一人の反応は良くない。そんな三人が共通して好きな作家が、奇跡的というべきか、この世にひとりだけ存在する。伊坂幸太郎さんである。幅広い層から支持されているということだろう。「また性懲りもなく、つまらない本を買って来た」と白い目で見られることも少なくないが、伊坂幸太郎さんの新刊を買って帰って来たときは褒められる。しかし、同時に、一刻も早く読み終えて次にまわすようにとプレッシャーもかけられるのだ。
先日刊行した『魔王』(講談社)もさっそく買って読んだ。従来の伊坂らしさも存分に醸し出しながら、新たな伊坂的世界を創り出した傑作だ。読み終わった後、できれば、もう一度ゆっくり味わいながら読み直したいと思ったが、一巡するまでは許されないだろう。我が家にも魔王のようなものが二人いるから待つしかない。
『魔王』は、考察好きの考察魔ともいうべき男の物語である。考察するのが好きというより、生きることは考察することだ、とばかりにあらゆる場面で「考えろ、考えろ」と自分に言い聞かせる。
生きることは考察すること。仕事をするということは考察すること。
さて、考えてみると、いや、考えるまでもなく、書店売場も考察することだらけである。おおよその場合、答えは見つからないから、わたしたち書店員の毎日は考察の繰り返しである。たとえば。
書店の売場に林立しているPOPは、はっきり言って邪魔だね。
先日、お客さんからそう言われて愕然とした。POPは、重要な販売促進ツールである。POPを付けることで本の売れ方が変わった例も多い。書店発ベストセラーだって、陳列とPOPの工夫で生まれてきたのだ。それをよりによって、邪魔だなんて。
原点にもどって、POPの役割から考えてみることにした。考えろ、考えろ。
『新POP入門』(四辻隆司・マール社)によると、POPとは、「POINT(場所)OF(の)PURCHASE(お客様が買い物する)ADVERTISING(広告)」の略である。広告が邪魔ってどういう意味だ。買いたくなる気持ちを誘発するつもりのPOPには、実は興味をそそらないということなのか。では、興味をそそるPOPとはどういうものなのだろう。
『LEONの秘密と舞台裏~カリスマ編集長が明かす「成功する雑誌の作り方」~』(ソフトバンクパブリッシング)の中で、岸田一郎編集長は、雑誌の特集や個々の企画につけるタイトルにおいて、使えないのは「言葉として面白さや奇抜さのみに留意した表面的なコピー」で、それに欠けているのは、雑誌を作る上での本来の切り口、つまり「どうしてこの商品が素敵なのか。面白いか」という視点へのこだわりだと言っている。
なるほど、わたしたちは、POPこそが、書店が独自性を出せる最大の武器と強く思うゆえに、いつの間にか、POPを多用するだけで売場が活気づき、購買欲を誘発できると勘違いしていたのかもしれない。広告だって誘発できなければただの邪魔ものでしかない。
どうしてこの本が面白いかという視点へのこだわり。これは、丸善丸の内本店、上村祐子さんが『中央公論』2005年11月号「座談会・活字信仰を捨てた若者と本との新たな関係」で話しているように、「(本を読み終わってすぐ書くぐらいの)盛り上がってるときに感情的に書く」POPが、一番の近道なのかもしれない。
『商業界』2005年11月号の特集「できる店長の仕事術」に、ヴィレッジヴァンガードラクーアの関戸康嗣店長が紹介されていた。全商品の7割まで及ぶPOPは、そのほとんどが、関戸店長自身によって書かれたものだそうだ。たとえば、『JAZZアンソロジー』には<いつもはRockしか聴かないけど、夜、車に乗る時ぐらいJAZZを聴きたい、というか、聴くような人になりたい。どうです。自分に、大切なあの人に買ってみません?>というPOPが書かれている。商品そのものの効用や魅力でなく、それを使っているシチュエーションを想像させる技がここにある。
啓文社での例も一つ。
『星宿海への道』(宮本輝・幻冬舎文庫)に<ご存じですか?この小説には“尾道”という言葉が、な、なんと71回も出てくるんです!!嘘かホントか気になる人もならない人も今すぐチェーック!!>と書いたPOPを付けたところ、売上冊数が4倍になった。もし、これが<尾道も舞台となっている感動巨編>というPOPでも同じ結果が出ただろうか。店頭でPOPを読んでもらおうと思うと、内容をくどくど書くよりは、「話しかける」書き方が良いみたいだ。「あなたに読んでほしい」という気持ちが伝わりやすいのかもしれない。その気持ちが届き、手にとってもらえたとき、POPはその役目を果たしたといえるだろう。
その本の素晴らしさを話しかけるように伝え、深層心理をくすぐるようなPOPを書くために、書店員はたえず好奇心を持ち続ける必要がある。商品である本に限らず、売場やお客に対しても好奇心を全開にして観察し、接することが大事だ。
そういえば、『魔王』にこんなフレーズがあった。
人間の進化の最大の武器は好奇心。