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第6回目

「昨日買ったこの本のことなんだけど」
お客さんはそう言ってレジカウンターに『点と線』(松本清張・新潮文庫)を置いた。よく見るとカバーの折り返しについている応募マークが破り取られている。「別に応募したいわけじゃないから応募マークはいらないけど、せっかく買ったのに破られているのはやっぱり嫌だから」

新潮文庫では、応募マークを必要枚数集めると希望の「Yonda?CLUB」グッズがもらえる。20冊分集めると「Yonda?マグカップ」、30冊分集めると「Yonda?トートバッグ」というふうに。
同じ本と交換するために売場に行くが、なんと売場にある本も応募マークが破り取られていた。
これは事件だ。「尾道坂道書店事件簿」とは名ばかりで、ほとんど事件が起こらないまま連載が続いていたが、第6回にして、ようやく事件らしい事件にあった。
なんとか破り取られていない『点と線』を見つけ、お客さんにお詫びして交換させていただいたが、『点と線』に限らず、応募マークが破り取られていた新潮文庫は10冊近くあり、泣く泣く売場からはずした。

それから数日後、文庫担当者がまた、応募マークが破り取られた新潮文庫数冊を見つけた。やられた。怒りを抑えながら、新潮文庫売場を撮った防犯カメラの録画をチェックすることに。
開店直後に現れ、談笑しながら、新潮文庫を手にとっては元に戻し、結局、何も買わずに帰った20代の男女二人組がちょっと怪しい。二度あることは三度ある。若いカップルが新潮文庫売場に来たら注意しておいてほしい、と各スタッフに申し伝えた。

万引き犯は成功すると、調子に乗って繰り返すので、何度もやって来る。少し前に、わたしたちが「木曜の女」と呼んでいた万引き常習犯がいた。毎週木曜になると、ボーイズラブ系のコミックや小説コーナーに現れる。新刊を中心に1冊ずつ手に取り、10冊ほど抱える。抱えたまま柱の影に隠れたかと思うと、いつの間にか抱えた本は半分になっている。そして、また1冊ずつ手にとり始めるのだ。それを繰り返し、最後は2、3冊だけをレジで買って帰る。
そこまでわかっているのなら捕まえればいいのだが、この常習犯が実に巧妙で、なかなか現行犯で押さえることができない。防犯カメラの録画で手口だけは確認できていてもだ。
ショッピングセンターの中にある書店では、未精算の本を鞄に入れても、ショッピングセンターの外に出ないと万引きしたことにならない。書店を離れ、別のショップに行っても、「あとで支払おうと思っていた」と言われるとそれまでだ。万引きする側もこういった事情を熟知している。
店員が見ている前で鞄に入れておいて、目を離した隙に、売場に戻し、わざわざ誤認逮捕を誘発する手口さえある。「木曜の女」もプロのように大胆かつ巧妙で、ショッピングセンターの中をぐるぐるまわったり、長い時間ベンチに座っていたり、そして、いつの間にか見失っている。
わたしたちも彼女がやって来る木曜日にスタッフと私服警備員を増員して臨戦態勢で対抗した。

長年、ジュンク堂に勤め、定年退職した渡辺満さんが書いた『なぜ人はジュンク堂書店に集まるのか』(自由国民社)においても、「万引きは書店にとって永遠の宿敵」と書いてある。全国の書店が例外なく、万引きに悩み、日々闘っている。

事件の終わりはいつもあっけない。江戸川乱歩賞や鮎川哲也賞のように、いくつもの伏線が鮮やかにトリックを浮かび上がらせ、感動的なまでに謎が解き明かされるラストというわけにはいかない。
「木曜の女」はこの週に限ってなぜか月曜に現れ、そしてあっけなく捕まった。

「Yonda?」グッズの応募マーク犯は、若いカップルではなく、近所の会社に勤める五十代の支店長だった。昼休憩に来店し、「Yonda?」グッズ欲しさにせっせと新潮文庫を買っていたが、「Yonda?」グッズをコレクションに熱が入り、そのうち、買わずに、マークだけを破り取って帰るようになったという。捕まったときに支店長の腕に巻かれていた「Yonda?」リストウォッチが印象的だった。支店長はこれをきっかけに会社を辞めることになった。今まで頑張ってきて手に入れた地位を瞬時にして失ったのだ。万引きの代償は大きい。そのことをイメージできていれば、万引きなどしなかったはず。

それにしても、理性と冷静な判断力を奪った「Yonda?CLUB」の魅力、恐るべし。

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