たった一日だけで、『半島を出よ』(村上龍・幻冬舎)の問い合わせが8件もあった。前夜の報道番組で特集されたことが原因だ。最近、テレビによる影響力の大きさを実感している。
『半島を出よ』の8件の問い合わせには、正確な書名がわかっていたものは1件もなかった。これはテレビを観た本の問い合わせによくある特性だ。新聞や雑誌の書評、広告と違って、あとで書名などを確認するわけにもいかないから。
「たぶん『日本の危機』というタイトルだったと思うけど」
残念ながら、かすってさえいない。ここまで違うと、実は『半島を出よ』だったことが判明したとき、お互いに照れくさい。他にも、
「北朝鮮の本」
「九州が乗っ取られる本」
「村上ナントカさんが書いた話題の本」
などなど。本の内容がわかっていればそれをヒントに、正解にたどり着ける場合もある。さらに、「昨夜のテレビで紹介していた」との情報があればなんとかなる。わずかな手がかりから求める本を突き止めなければならないから、書店員には名探偵コナン並みの推理力が要求されるのだ。
横田増生さんが、著書『アマゾン・ドット・コムの光と影』(情報センター出版局)で、ネット書店の威力を痛感したのは、何より簡単に本を見つけることができるのに驚いたときだと書いている。書名、著者名、出版社名がわからなくても、フリーキーワード検索を駆使すれば、目当ての本を探しつく。うまくやれば、リアル書店で店員に訊くより早い。
今では、リアル書店もネットで検索して探しあてることが多い。もはや、書店員にとってもインターネットを使いこなすことは必須アイテムとなっている。
しかし、いくらインターネットが使いこなせても「『日本の危機』という本がありますか」から『半島を出よ』にたどり着くことはやはり難しい。それでもたどり着けたのには理由はある。決して、書店員の中に、浅見光彦や御手洗潔がいたわけではない。昨夜の放送で『半島を出よ』を紹介したことが朝礼で話題になっていた。「だから、きっと今日はたくさんの人から『半島を出よ』を尋ねられるよ」と。さらには、変則的な問い合わせについてはその事例を店舗間で連絡を取り合い、すべてのスタッフの間でその情報を共有していたのである。
『だれが「本」を殺したのか』(佐野眞一・プレジデント社)のインタビューの中で、ジュンク堂書店、工藤恭孝社長が、書店人の人材について「競争にもまれた人と、むずかしいお客さんをたくさんかかえたところは、やっぱり違う」と語っているように、書店員の知識は、どれだけたくさんの問い合わせを受けてきたかで決まるような気がする。書店員はお客さんからの問い合わせによって鍛えられる。だから共有することは重要なのだ。
新米書店員だった頃、「わたしに訊くな。わたしに訊くな。訊くなら、どうぞ他の人にしてくれ」と心で唱えながら仕事をしていた。この呪文のおかげで、店頭で問い合わせを受けることは少なかった。でも、よく考えると、頼りなさそうな立居振舞が原因でお客さんから避けられていたのだろう。そんなわたしも今では、他の書店に客として行っているときでさえ問い合わせを受けるようになった。だから、よその書店ではできるだけ平積みの乱れを直したり、飛び出たスリップを挟み直したりしないように気をつけている。
今、パソコンの前に座れば、チェーン全店でどんな本が売れていて、在庫がどれだけあるかがわかる。インターネットで、大手ナショナルチェーンやネット書店では何がベストセラーになっているかを知ることができる。こうしてパソコンの画面からさまざまな情報を手に入れることができるようになったが、最も大切な情報は、実は売場にある。だから、毎日、受けた問い合わせを大事に扱うことにしている。なぜなら、
事件は会議室で起きてんじゃない。売場で起きてるんだ。