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第43回目

3月になると、ビジネス書売場の平台に、ビジネス・マナーや敬語の本が並ぶ。もうすぐ社会人になるフレッシュマンに買ってもらうのが狙いだが、新入社員の研修に使うテキストとして、上司が購入する方が多いようだ。

啓文社も4月になれば5名の新入社員が仲間入りする。みんな、卒業式も終えていないうちから、既に、「研修」という形で勤務している。ご苦労さま。

一方で、来年度の新卒採用がスタートしている。
先日、本社で面接試験をおこなった。面接官は、毎年、各部門の責任者にお願いしているが、3月は新規出店が控えていて、その準備で大わらわ。外商部は、地元の小、中、高校の教科書が大量に入荷しており、一年で最も忙しい時季を迎えている。高校の教科書販売は同じ日に何校も重なるので、全部署から応援に入るのが恒例だが、今年は新規開店の準備で、店からの応援がないため、いよいよ緊急事態になっている。さっきから教科書の箱をひっくり返して何かを探している外商部の瀬尾次長に面接官をお願いしてみたが、やっぱり無理だった。探しているのはきっと猫の手に違いない。

外商部からの面接官は諦めることにした。
そこでポートプラザ店、佐藤店長に白羽の矢が立った。脱メタボをスローガンに、果敢に「夕食抜きダイエット」に取り組んでいる佐藤店長。標的のお腹が大きくて白羽の矢が当たったのではなく、現場で数々の面接をこなしているベテラン店長だからだ、念のため。パート、アルバイトスタッフは、店長に採用権があるので普段から面接は数多くこなしている。でも、正社員の面接は初めてだ。

正社員採用の面接官はひとりではない。各部門の責任者、さらには監査を担当している大ベテラン、面接の達人の松井部長がいるから安心だ。安心というより、面接会場は、松井部長の独壇場といえる。学生が緊張していると思ったら、冗談を言って、場をなごませる。自分でボケて自分で突っ込むという「ひとり漫才」をやってのける。リラックスさせたところで、鋭い質問を次から次へと浴びせ倒す。まるで速射砲。相手がたじたじになって辻褄の合わない発言をしようものなら、傘にかかって追い討ちの質問を投げかける。松井部長が言うには、窮地に追い込むことでその人の本性が垣間見えるものらしい。短時間で人柄や性格を見抜くためには、これが最適の方法だそうだ。なるほど説得力がある。というわけで、往年の中田英寿を彷彿させるキラーパスのような鋭い質問は松井部長の得意技。ワールドカップ級だ。
さらに松井部長の観察力は鋭く、学生があまりに動揺してしまって本来の自分が出せない精神状態にあると察すると、すっと気持ちを和らげる話を挟む。
「いつまでシラを切っているんだ。ネタは上がってんだ」
「まあまあ、そうカッカするな。どうだ、タバコでも。ところで故郷のおふくろさんは元気にしているのか」
取調室の血気盛んな若手刑事と老練なベテラン刑事の抜群のコンビネーションを、この面接会場で、ひとりでやってしまうのだ。

思い出してみると、佐藤店長やわたしが入社試験を受けたときも、松井部長は面接官のひとりだった。「でも、今ほどきつい質問をされた記憶がない」と言うと
「だから、こちらが見抜けなかった。そのお陰で君たちが入社できたのだよ。その反省が今日の面接スタイルを生み出した」
辛口、へらず口、憎まれ口…。松井部長はいくつの口を持っているのか。その口から質問がまた繰り出される。
「本は読む?好きな作家は?」
ここまでなら誰でも一人くらい作家を挙げることができる。
続いて、「どの作品が好き?」
これに答えると、「他には?」
答えるとまた「他には?」
ここらあたりで答えに詰まってしまうと「それだけ?」といかにも落胆したような表情をみせる。書名を間違おうものなら、「その作家にそういった作品はないよ。好きな作家なのに覚えていないの」と鋭く指摘する。
作品名を搾り出したところで、「それでその作品のどういうところが良かった?」

念のために言っておくが、猫をかぶる学生に対し、窮地に追い込むことで本性を出してもらうというのが狙いだ。けして苛めているのではない。

「ところで君は、啓文社には何軒行ったことがあるの」
ここで1軒とか言ってしまったら「ほほう、入社試験を受けようとする企業を研究しようという気持ちにはならなかったのだね。真剣さが足りないのかな」と攻撃される。

「5軒くらい行ったことがあります」
はじめて面接に参加した佐藤店長は、午前中こそ松井面接官と学生の緊迫した攻防をハラハラしながら見守っていたが、午後からは、松井部長のパターンがつかめてきた。そして、5軒と答えた学生の登場になぜかほっとした。
しかし、松井部長はそれがどうしたという顔をして、
「その中でどの店が好きですか」
と、続ける。
彼女はこう答えた。
「ジャスコ三原店です。ある日、レジのところで、お客さんに親切に本の説明をしている店員さんがいらっしゃいました。それを見て、こういうところで働きたい、こういう仕事をしたいと思いました」
いつも丁寧に応対している○○さんのことかな。それともベテランの△△さんか。
ついこの間までジャスコ三原店に勤務していた佐藤店長は、そんなことを思いながら履歴書や筆記試験の成績を目で追い、面接評価票のチェック項目を埋めていた。
「その店員さんはこちらの方だったと思います」
佐藤店長が顔をあげると、彼女と目が合った。えっ、僕?

「きっと、人まちがいだよ」
松井部長は、間髪入れずそう言って、面接会場の全員を笑わせ、重い雰囲気を一遍に和らげる。佐藤店長だけがズッコケて照れくさそうに苦笑いしていた。

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