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6月22日(日)

 子どもを連れて市営の温水プールへ行く。
 私はクロールの息継ぎが苦手で、長く泳ぐときはどうしても平泳ぎになってしまうのだが、以前読んだ高橋秀実『はい、泳げません』(新潮社)に、前に伸ばした手のひらを返せば自然に息継ぎできる、と書いてあったのを思い出し、実験してみた。すると、まさに軽々と息が吸え、なんだ簡単なことじゃないか、とうれしくなった。
 その後、ラーメンを食ってから、図書館で絵本を借りて帰る。
 雨が激しく、車のガラスが曇って難儀した。フロントガラスはなんとかデフロスターでクリアになるものの、左右の窓が真っ白なのだ。おかげで子どもたちが指でラクガキし、車内はクリスマスの窓辺みたいになっている。すれ違う車を見ると、どれも窓が曇っておらず、どうして自分の車だけこんなにびっしり曇るのか謎である。なにしろラーメン屋の駐車場に停めて、ラーメン食って帰ってきたら、誰も乗っていないのにすでに真っ白だったのである。中で上昇気流が発生しているようだ。
 
 週末から宮古島だが、台風が接近中で気が気でない。台風はフィリピンでフェリーをひっくり返し、多数の死者が出た模様。

6月23日(月)

 数日前の天気予報では、凶悪台風フンシェンは今週中ごろには沖縄近海を通過するはずだったが、どういうわけか南シナ海でゆっくりしている。おかげで週末の宮古島にもろに被りそうな気配が漂ってきた。おいおい、ふざけるんじゃないぞ。動きたくないなら、ずっとそこでゆっくりしてろ。
 ──というようなことを声高に言うと、はあ? 何か言いましたかあ、って寄ってくるので、むしろここは気さくなアメリカ人のような態度で、やあフンシェン、君がこっちにきても誰も気にしないよ、それどころかファイ・ドンチュー・ジョイナス・マイフレンド、って天気図の予報円に語りかけておく。そうすれば、疑り深い台風は、そのフランクな感じがなんか嫌、ってんで立ち去ってくれるからである。
 
 堺正章の「西遊記」が面白いので、香取慎吾主演の新しい「西遊記」も借りて観てみたところ、特撮などは進歩していたものの、内容はずっと劣っていた。これはやはり前作を意識しすぎたせいではないか。三蔵法師が女性という出発点で、すでに前作の呪縛から逃れられていないような気がする。おかげで孫悟空のキャラクター設定に負荷がかかりすぎて大仰になり、逆に残るふたりはキャラクターそのものがほとんどなくなって、普通の人になっていた。テレビでは少しは違ったのだろうか。
 後味が悪いので、口直しに一緒に借りた邦画「転々」を観る。
 こっちは三浦友和が、脂っこくてインパクト大。かつては二枚目俳優だったはずなのに、そんな香りは微塵も残っていない。こういう微妙なポジションで生き残るアイデアは、どうやって生まれたのだろう。よく知らないが、かなり苦労したのではなかろうか。実際の三浦友和は、いったいどんな人なのかさっぱり想像できない。
 
 東京おもちゃショーのコラム原稿アップ。
 仕事場からの帰り道、スットコランド特有の牛糞の匂いが、そこらじゅうに立ち込めていて、とても心安らいだ。夜になっても、匂いは消えず、まるで本物のスコットランドの気分だった。行ったことないけど、まったくもってスコットランドとしか言いようがなかった。

6月24日(火)

 近所の本屋に入って立ち読みしていると、不意に妙にでかくて黒いものが視界に入ってきた。なんだろ、と思って顔をあげると、まな板4つ分ぐらいの大きな黒い板だ。板を抱えた男が隣に立っていた。
 奇妙なのは、男が全身黒づくめで、なおかつ黒いヘルメットまで被り、何のつもりかフードまで下ろしていることである。おかげで中の顔をうかがい知ることができない。思わずブルース・リーの死亡遊戯を思い出した。
 室内なのになんでそんなもん被ってるのか。普通じゃないだろ。
 そしてどうやら黒い板は、この男が他人の視線を遮るために常に掲げているのらしかった。
 なんだこいつは?
 テロリストか? 誰かに追われて身を隠しているのか? だとすれば、ますます怪しくなって逆効果ではないのか。
 やがて男はどこかへ移動し、私も別の棚へ移って、立ち読みに没頭しているうちに忘れてしまったが、ふと、いつの間に寄ってきたのか、自分の後ろに死亡遊戯が立っているのに気づいて、ぞっとした。しかも私が動くと、後をついてくるではないか。
 なんだなんだ!
 思わず私は振り向いて、男をぎっと睨みすえた。すると男は、驚いたようにすばやく私から離れ、そのまま遠くからこちらをチラチラうかがっている様子であった。そして突如、機敏にスタスタと本屋を出て行ったのである。
 なんだったんだ、いったい。
 考えるに、男はつまり他人に見られることに強い恐怖を抱いていたのではないか。偶然私と動きが重なってしまい、本当にうろたえたのはむしろむこうのほうだったかもしれない。だとしたら睨んだりして悪かった、と思うものの、黒づくめでフードまで下ろしたら、誤解されても仕方ないじゃないか。何か良からぬことを企んでそうに見えてしまう。
 何を悩んでいるのか知らんが、自分でどうしても解決策が見つからないときは、ジョギングするといいと思うよ。

6月25日(水)

 朝、ネットで気象庁の天気予報をチェックすると、わが友フンシェンは、中国大陸に上陸し、熱帯低気圧に変わったようであった。やはりアメリカ人のフランクさは信用できないと思ったのだろう。当然だ。よかったよかった。これで去年のリベンジは確実だ。
 と思ったら、娘発熱。
 くうう、宮古島を目前に控え、次々と忍び寄る魔の手。すかさず医者へ連れていくと、溶連菌との診断だった。2、3日で治るとのこと。危ない危ない。
 
 家の和室の畳が古くなって、い草が剥がれ、中の床が見えている。めくれたい草がトゲのようにささくれて危ないので、畳を換えたいと妻が言った。
 それなら、畳だけでなく、網戸の網が破れているし、柱は一部欠けているし、押し入れ内の天棚がはずれて斜めに落ちてきてたりもするので、いっそ「大改造!劇的ビフォーアフター」で、リフォームしてもらってはどうだろうか。そろそろ手狭になってきたこともあるし。今ちょうど上の階が空いているから天井をぶち抜くといい。階段を新たに取り付け、メゾネットタイプにするのだ。
 問題は賃貸マンションという点だが、賃貸住宅の改革者、とか、快適賃貸生活のネゴシエーター、みたいな匠が来て何とかしてくれそうな気がする。「ビフォーアフター」で解決できない問題はないからだ。
 でも、そういえば最近あの番組を見ない。終わったか。

6月26日(木)

 娘の熱は、瞬く間に引いた。
 いよいよあさってから宮古島だけれど、私の頭の中はすでにサンゴ礁やウミウシでいっぱいである。
 実はこの件については、まだ子どもたちに話していない。うっかり話してしまったその後に、去年のような重大事が起こってキャンセルになったら、心のダメージが大きすぎるとの判断なのだ。
 もうすぐ旅行だ、と指折り数える楽しみも味わわせてやりたいが、一方では、当日朝に発表して、びっくりさせてみたい欲望もある。あるいは当日朝も発表しないで、黙々と連れ出し、そのまま何も言わずに飛行機に乗せて、いきなりどーんと青い海を見せたりするのも面白かろう。
 なんてことをあれこれ考えて、頭の中がぐちゃぐちゃになっている。
 
 書評原稿をアップしたが、例によって旅行の間、寝かせておくつもりである。
 中村太一『日本の古代道路を探す 律令国家のアウトバーン』(平凡社新書)読了。アマゾンで頼んでいた原田信男『中世の村のかたちと暮らし』(角川選書)届く。
 今日は一日中、雨だった。だが、東京の天気なんかもはやどうでもいい。

6月27日(金)

 四国遍路エッセイを書き始めた。
 といっても最初の一行から進まない。
 新しい連載や書下ろしの冒頭部分はいつも時間がかかる私だ。
 とくに今回のように、まだ全行程を終えていない段階で書き始めると、筆致が定まらなくて苦労する。内容にあった文体で書かないと、最終的に本にするときにまるごと書き直すはめになるから、慎重になるのだ。
 思えばジェットコースターを書いたときも、巨大仏を書いたときも、ホンノンボを書いたときも、当初は連載だったが、どれひとつとして連載をそのまま本にできた試しがない。結局どれも書き直しになった。
 取材していくうちに本のコンセプトが変わってしまった場合もあるが、多くの場合、コンセプトは変わらなくても、トーンが変わってしまうのである。
 それはたとえばアホ全開で書き始めたのに、取材するうちに人生についてとか深く考え出したりすると、アホでいるのがつらくなるというのと、逆に最近気分が陰気だからってんで、低めのトーンでいこうとしたら、そのうちにハイになって、低空飛行に我慢できなくなったりする場合の両方である。本来なら常に一貫した気分であればいいのだが、人間だからそうもいかない。
 と同時にまた、ネタに合った文体というものがあるんじゃないかと、そんなことも考えていなくもないのだ。仏師が、木のなかにすでにある仏像を彫り出している、という逸話と同様、文体を決めるのは自分ではなく、ネタではないかと、まあ、かっこよく言えば、そんなことも思っているのである。
 なので、まだネタが出揃っていないはじめの段階では、トーンというか文体が、見えない。
 だからいつも私は、仮の文体で書き始めることになる。できれば二度手間にならずに済ませたいから、先を予測しつつ、文体を仮定する。そしてそんな答えの見えない作業ゆえに、無闇に手間取ってしまうのだ。

6月28日(土)

 宮古島へ出発。
 結局昨日のうちに、明日海行くぞ、と発表したので、朝にびっくりさせる計画はなくなった。
 羽田→那覇→宮古島と乗り継いで、午後三時には紺碧の海と体面する。
 すばらしい眺めに親はしきりに感動するも、子どもは海の色や透明度なんか眼中になく、即座に海に突進して、波と戦っていた。
「この海の青さに気づかんか」と妻。
 多少うねっているようだったが、波打ち際にしか用のない子どもたちには、大きな波はかえって面白いようすで、ちょうどいい按配と言える。一瞬スコールも降ったが、海に浸かっていれば、ほとんど関係なかった。
  
 短時間で海を切り上げ、民宿にチェックインすると、部屋に白いゴキブリがいて、妻が固まった。さらに風呂場には巨大なクモがいて、娘凍る。
 みんな何をビビっておるか。民宿に、虫はつきものではないか。
 夜になると、ルービックキューブ大のヤドカリが出てきて、息子喜ぶ。

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