早起きして新幹線で関西へ出張。
朝日新聞の関西版夕刊に連載している「勝手に関西世界遺産」の取材。
この連載はもう三年半も続いていて、毎回紙面の改変時に、もう終わるだろう、もう終わるだろうと思いながら、まだ終わらない。そのうちネタがなくなりそうでいつも心配しているが、どういうわけか毎回面白いネタが見つかる。
今回は、丹波にある本州一低い分水界を見に行った。標高にしてたったの100m内外の盆地が、日本海と瀬戸内海の分水界になっている。盆地だから、分水嶺とは呼ばず、分水界なのである。
集合場所の資料館を訪ねると、地元の郷土史家など大勢の方が待っておられて、歓迎された。
温暖化で水位が100m上昇すると、ここで本州がふたつに分かれるのですと言われ、その地図を頭に思い描いて、妙にわくわくした気分になった。私はどういうわけか、何でも地図にすると、わくわくする。こういう奇妙な場所の取材は大好きだ。
帰りの電車で、朝日新聞の担当記者挿翅虎さんと「西遊記」の話になる。むかし夏目雅子、堺正章らがやっていたテレビ番組。
挿翅虎さんは、DVDを買ったそうだ。そうか、DVDが出ているのか。私も欲しくなった。あの番組は本当に面白かった。最高にくだらなくて、ほどよくエキゾチックで、ゴダイゴの音楽もパーフェクトだった。ハマったテレビ番組歴代ベスト5には間違いなく入る。挿翅虎さんと、西田敏行の怪演が光っていたとうなずきあった。
5月11日(日)
5月12日(月)
昨夜は関西の実家に泊まり、今日東京へ戻る。
毎回関西取材のときは、ついでにどこか観光して帰るのだが、寝坊したので、京都駅に近い三十三間堂を見ただけで帰った。もう何回行ったかわからないが、三十三間堂はまったく素晴らしい。昨今は仏像ブームになって、なんでぃ、なんて思うけれど、ひとたび堂内に入れば毎回、問答無用の感動がある。
あのなごむ感じはいったい何だろうか。たとえば海なんかへ行ってなごむのとは、また違う味わいである。
帰りの新幹線で『イエズス会宣教師が見た日本の神々』ゲオルク・シュールハンマー著(青土社)を読む。
私は、外国人がはじめて見た日本に興味がある。西洋人が三十三間堂なんか最初に見たときは、それはそれはびっくりしただろう。仏像は手や顔がいっぱいあったりして、どうしたって悪魔に見えたにちがいない。その、仏像が悪魔にしか見えない感じ、を自分も味わってみたいのだが、すでに仏像のことを知っているために、なかなかうまく実感できないのだ。
ちなみに、本当は今日は、御前崎にでも寄ろうかと考えていたのだった。寝坊して、知ってる場所に行ってしまったのが悔やまれる。
前回の出張時は名古屋港水族館へ行った。その前は津島天王社だった。名古屋城も徳川美術館ももちろん行ったし、鳥羽からフェリーで渥美半島へ渡って帰ったこともある。英虞湾めぐりもした。私は東海地方に住んだことがないので、そうやって少しずつ東海地方を攻略しているのである。
5月13日(火)
仕事場に、本の雑誌のニック・ステファノスさん来る。
ゲラをもらい、本を預ける。
雑談でB型の本の話になり、B型はトイレの中にトイレットペーパーの芯を転がしっぱなしにするんです、と話すと、前々から、いったいどこのどいつがこういうことをするんだろうと、腹が立っていたんですよ、と言われた。
私です。
「ゴミ箱にちょっと捨てるだけなのに、なぜそれができないんですか?」
ニックさんと別れたあと、ひとりでその理由をつらつら考察した。しばらく考えて、汚れているのと、ちらかっているのは違うという点に思い至る。
そうなのだ。トイレットペーパーの芯は、もともと清潔なものであって、それが床に落ちていても汚れた感じはしない。これがたとえば鼻をかんだティッシュとなれば話は別で、汚いような気がするからちゃんとゴミ箱に捨てるのである。それに比べると、トイレットペーパーの芯は、床に落ちていても、ただ少しちらかった感じがあるだけで、どうしても取り除かなければならないという切迫感がない。だいたい、あの芯を見て、もう用が済んだものという感じがするだろうか。むしろ、生まれたての生命のような、純真ピュアな形ではないだろうか。突然起き上がって、ピポピピポ(はじめまして)とか言いそうだ。
もちろん私だっていずれは、ゴミ箱にいくつもりでいるんですよピポピピ。でもね、できればたくさん集めてもらって、子どもの工作なんかに使ってもらえたら、なんて思うこともあるんですピポピピピピポポ。せめてもう少しの間、ゴミ箱行きは待ってもらえないでしょうか。ほんの少しでいいんです、ずっとぐるぐるに巻きつかれてて、やっと娑婆に出られたんです。だからあと少しだけ、日の光を。お願いですお願いしますピポピピポピピポピポプー。
なんて哀れなんだ、トイレットペーパーの芯!
私はこれからもずっと、床に転がしてあげようと思う。
以上の話とは全然関係ないが、ニックさんは動物園ではフクロウに釘付けだそうである。
それを言うなら私は水族館のエイです、という味わい深い雑談もしたのだが長くなるので割愛。
5月14日(水)
数日前から咳が出ていて、昨夜は夜中に咳で目覚めた。
妻は熱を出し、娘は下痢。息子だけ元気に幼稚園へ行った。バラバラやがな。
漢方を飲んで仕事場へ向かう。
雨がしっかりと降っていたが、歩いているうちに空が明るくなり、雨は降り続けているのに日が射してきた。おお、南国のスコールっぽくていいじゃないか。
関西取材の原稿UP。
中国の四川省で大地震が起こり、まだ多くの人が生き埋めになったままだとニュースで繰り返し報じている。建物の手抜き工事が原因と言われているようだが、阪神淡路の30倍のエネルギーが放出されたそうだから、場所によっては手抜きじゃなくてもひとたまりもなかったんじゃなかろうか。遠く離れた北京でも、みんなビルから飛び出したというから、スケールが違う。阪神淡路がこれと同じ規模だったら、日本は北海道から沖縄まで全部揺れたことになる。
なんか最近、自然のやることがどんどんデカくなってきていないか。
5月15日(木)
昨夜はますます咳がひどくなり、一睡もできなかったので、ベッドで本を読んだ。読んだのは『アボリジニの世界〜ドリームタイムと始まりの日の声』ロバート・ローラー著(青土社)で、これがかなり面白い。
アボリジニの社会では、〈性行為そのものは、子どもに内緒にされることはけっしてない〉のだそうで、〈子どもの成長とともに、性交中の大人を観察するという行為は、彼らが一番熱中する娯楽になっていく〉のらしい。凄い。われわれのとは何かが根本的に違っている社会。そういう社会について知るのは愉快だ。
朝を待って病院へ。
医者が、あーんしてくださいと言って、口の中に棒を突っ込んだ途端、えっ! という顔をしたので、こっちが驚いた。のどではなくほっぺたの裏側を棒でつついて、痛いですか? と聞くから、全然、と答えたのだが、そのままとくにコメントはなく、いったい何があるんだあ! と気になってその後の話を聞いていなかった。抗生物質と咳止めをもらう。
仕事場に戻って鏡で覗いてみたが、とくに異常な感じのほっぺの裏ではないように思われる。しかし、なんとなく、ほんとにこれであってるのかな、というような形状ではあった。なんとなく。
紀行エッセイのためし書き。
何かをまだつかんでいない。
5月16日(金)
去年の秋、子どもたちが隣の公園で拾ってきた植物の種を、ベランダの植木鉢に無造作に放り込んでおいたら、春になって芽が出てきた。青々とした丸い葉を手のひらのように広げて、次から次へと芽吹く。
というと美しいが、ごっそり拾ってきたので、ごっそり密集して生えて、ぐちゃぐちゃである。何の花だか草だかもわからない。子どもたちは喜んでドボドボ水を注ぎ、植木鉢がしょっちゅう水田みたいになっているが、親は育てる気などさらさらない。
シュノーケル仲間からメールで、夏の伊豆行に、家族でどうですかと誘ってくれた。しかし、日程が、息子の幼稚園のお泊り旅行とかぶっていて、行けそうにない。子どもができてからシュノーケル旅行に行く回数は激減しており、本当はひとりででも参加したいが、息子の送り迎えもしなければいけないので、泣く泣く不参加ということにした。残念。メンバーの中には、私の知らない新しい人も増えていて、どんどん取り残されていくような寂しさを覚える。
そういえば絶叫マシン仲間のほうでも、毎年夏にアメリカ絶叫ツアーを敢行していて、去年はなんとか参加できたものの、これも今年は断念。絶叫ツアーは金もかかるし、旅行期間も長く、毎夏そんなに家を空けられないのだ。
今年のツアーは木製コースター中心の渋いツアーだったから、本心では行きたくてたまらなかった。去年のツアーとこのツアーで、十分一冊の本にできそうだから、仕事にしてしまえばいいのだけれど、出版社にプレゼンテーションしても、決まって「ジェットコースターはちょっと……」と引かれてしまう。私に紀行エッセイを書かそうとしているQ社のテナーさんにも「それ以外のネタで」とかわされたし、「何かすぐに一冊書けるネタはありませんか」と尋ねてきたA社のテムジンさんも、「うーん、遊園地全般ということなら、まだいいんですけどねえ」と渋っていた。ジェットコースターはそんなに鬼門のネタだろうか。
今日も紀行エッセイのためし書き。
どうしてもピンとこず、妻に読んでもらうが全ボツ。
私はいつもこうして、書きはじめるまでに時間がかかる。
5月17日(土)
木下大サーカスが来ているので、子どもたちに見せてやろうと、立川まで出かけた。開演までの間、公園で遊ばせる。
娘は、どこでもすぐに裸足になりたがる癖があり、今日も公園のシロツメクサの上を走り回っていた。それが、突然足の指をハチに刺されて、号泣。
全然泣き止まないので、妻が、犬に顔噛まれるよりマシでしょ、と意味不明のなぐさめを言うも効果なし。そりゃそうだろ。
娘は今すぐうちに帰ると言って聞かず、結局サーカス見物は中止となったのだが、帰り道にアイスクリームを買ってやると再起動し、またどかどか走り出した。しかし親のほうに戻る気力がなく、サーカスはそのまま忘却の彼方に。
