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5月1日(木)

 一日、仕事場。
 エッセイ8枚UP。
 なんか知らんが、ドロップアウトしたいと、ふと思う。しかし、すでに私はサラリーマンからドロップアウトした身なのであった。これ以上ドロップアウトして、いったいどこへ行こうというのか。
 ドロップアウトの二乗。
 五乗ぐらいまでは行けそうな気がする。

5月2日(金)

 高野秀行さんと往復書簡の打ち合わせ。
 打ち合わせのあと、今仕事ぬきで一番どこへ行きたいかという話になる。
 私はイエメンとかシベリアとかアイスランド、パタゴニアあたりに行きたいと話した。
 高野さんは「僕はバルカン半島ですね」と言う。ユーゴスラビアがバラバラになってしまったのが残念だそうで、なんとかあのへんのチマチマした国をひとつにまとめたいと壮大なことを語っていた。ただ、よく聞いてみると、博愛精神とは関係なく、地図がチマチマしているのが嫌、みたいな理由のようであった。さらに旧ソ連が分裂して、ベラルーシとかウクライナとかになっているあたりも気になるとか言っていた。なんのこっちゃ。
 そのあとでふと「ああ、仕事ぬきなら単純にヨーロッパを旅行してみたいかな」と辺境作家らしからぬことを言い、そういえば自分もそうだなと思ったので、お互い実はミーハーであることが判明した。
 高野さんとは、紀行本ばかり書いてきたこと、日常的な事柄に興味がなく、日常エッセイや自伝エッセイみたいなものを頼まれても筆が走らないこと、などが共通していて、同志だと思っていたが、さらに新たな共通点が見つかったわけである。
 
 高野さんと別れ、ひとり渋谷に出て、映画「ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で」を観る。17歳のときに長大な物語を書きはじめ、81歳で死ぬ直前まで書き続けた、アウトサイダーアートの天才、ヘンリー・ダーガーをめぐるドキュメンタリー。
 なによりその持続力に驚く。本人はよほど現実が苦しかったのだろう。数百枚はあるという挿絵は、どれも微妙な色合いでセンスを感じたけれど、ストーリー自体は、あらすじを知った限りでは不毛な感じがした。不毛も何も突き抜けて、絶対零度というか、まるで温度がない。私には何ひとつ共感する要素がなかった。
 
 帰りの電車で、『タフの方舟2 天の果実』ジョージ・R・R・マーティン著(ハヤカワ文庫)を読んだところ、人口が増えすぎて食糧危機に陥る惑星が出てきて、暗い気持ちになる。
 温暖化、食糧危機、エネルギー危機などなど。つねに心の底に流れる滅亡の予感が、むくむくと頭をもたげてくる。遅くとも自分の子どもたちが生きている間に、全地球規模のカタストロフがくるのではないか、という不安。数年前、それにやられて一年近くノイローゼっぽかったことがある。たしか「ウはウミウシのウ」を書いていた頃だ。何しろそこらじゅうの海で珊瑚が死んでいたのである。怖くならないほうがどうかしている。あのときは、いっそどこかの人口密集地帯に隕石でも落ちないものか、日本以外の、などと黒いことを考えたりもして、フォースの暗黒面に落ちそうになっていたのだった。あの黒いあれが復活しないよう、深く考えないことにする。

5月3日(土)

 今日から世間は四連休。
 午前中、雨。
 車で買い物に出かけ、家具屋でヘリウムガスの入った風船をもらった。車の中に浮かべて走ると、窓からの風でそれがめちゃめちゃに暴れて、子どもたちに大うけ。もっともっと風船を満載して走れば、さぞ愉快にちがいない。
 窓からカラフルな風船を次々と空へ放ちながら、走り去る車。見ているうちに、なんだかヘンな形の風船とか、有り得ないほどでかい風船とか出してきて、沿道から、おおお、なんて声があがる。子どもたちが車を追いかけていくが、そのうち風船の浮力でふわふわ浮き上がり、森を越えて飛んでいってしまう。空に昇っていく風船の列だけが、蒸気機関車の煙のようにいつまでも見えている。……なんて、メルヘンな光景を想像する。
 柄じゃないな、と思う。
 
 午後になって雨あがる。
 雲間に青空がのぞいて、道路脇の木々が、みずみずしく輝いた。光と湿気が、熱帯の島に来たかのよう。温暖化という言葉が頭をよぎったが、そうではなくて、五月はむかしから夏だったのだ。すかさずコンビニでジュースやらスナックやらを買い込み、公園に車を停めて、夏の気配を満喫する。息子がはしゃいで水たまりのなかを駆け抜け、妻に怒られる。きっとこの先、温暖化したって、夏は無条件にうれしいにちがいない。

5月4日(日)

 道志川のキャンプ場でバーベキュー。
 子供の幼稚園仲間の家族6組で、大挙して出かける。
 キャンプ場は満員で、まるで駐車場のようだった。駐車場でバーベキュー。いっそ今なら都心の駐車場でバーベキューしたほうがのびのびするのではないか。
 それでも、上を見上げれば新緑の山が目にまぶしく、常に仰向いていればなごむことを発見した。今度またゴールデンウィークじゃないときに、来てみたい。
 自分では、バーベキューなど、準備も後片付けもすべてが面倒なのでまずやらないが、今回はそういうことが好きなお父さんがひとりいて、キャンプ場の選定から場所取りからほとんどおまかせで助かった。燻製たまごなんか作ったりして、頼もしいことこのうえない。子供たちもおおはしゃぎで、そういうバーベキューなら今後もぜひ行きたいが、行くも行かないもその人次第である。
 他力本願もいいところであるが、私は自力でバーベキューなんかしてるひまがあったら、その時間を、川に石を投げてピョンピョン跳ねさせたり、上流から何かを流してそれを石で狙ったり、川原に溝を掘って水を別ルートへ誘導し、おお、ダムが決壊しました、とか言ってみたり、それをまた足で意味なく塞いでみたりして、有意義に使いたい。
 しかし今日のところは、他の大人たちが働いているのに自分だけ有意義では申し訳ないので、カメラ係を買って出て、自分の子や他人の子たちを、バシャバシャ撮影した。
 
 バーベキューのお父さんと、B型の話になる。なんでも今、B型に関する本が出ていて、その内容がよく当たっているのだそうだ。そのお父さんと私はB型であった。
 そうやって牧歌的な話をだんだんするつもりだったのに、気がつくと、その人の奥さんと私の妻が参入して、B型がいかに人の話を聞いていないか、という話に方向転換させられていた。納得いかない。
 妻は、こういうことがあった、ああいうこともあったと、声高に訴えたが、身に覚えのないことばかりである。そんなことあったっけ? と軽く反論してみたが、ほら、というように覚えてないでしょ、とたたみこまれた。大失敗。
 反論は相手の思う壺、という鉄則を忘れていた。

5月5日(月)

 何日も続けて休んでられないので、仕事場へ行ってパソコンを開いたところ、突然何の超自然現象であろうか瞬間移動が起こり、気がつくとロンドンの駅前にいた。

 日本人家族の経営するカフェがあって大人気。山水の庭があって、私は、何かネタになるのでは、と思って調べていた。小さな池にいろいろな生き物の骨格が沈んでいる。
 経営者の奥さんが、うちの子がいつもお世話になっていますと言うので、いえいえお世話になっているのはこちらのほうです、と反射的に答えた。しかしどうやらそれはそばに腰掛けた年配女性に言ったらしいと気づき、うっかり返事なんかして恥ずかしく思う。

 それから日本人の青年が話しかけてきて、自分はやりたいこともなく、こんな場所をうろうろしているのだが、それをある人に軽蔑されていると言うので、人生そんな時期もあるよ、となぐさめる。若者は、気安くなって、実は一目惚れした女の子がいるのだと言い、その子も日本人旅行者で同僚とロンドンに来ているのだと耳打ちした。同僚と旅行中なら、すぐ日本に帰るだろう、しかもロンドンにいるということは、今日明日に帰ってもおかしくないと言ってやると若者はかたまってしまった。

 ところがそれは時間かせぎで、しばらくするとその店が日本人の集会場になり、若者が壇上にあがった。リーダーだったらしい。同僚と旅行中という女の子(緑色の服)も集会に参加していて、どうやらだまされたと思う。すぐに立ち去ってもよかったのだけれど、立ち上がるのが面倒くさい。食事が出たが、借りを作らないよう食べなかった。
 参加者が適当に指名されて何か話をする。話の内容から集会の目的を探ろうとするものの、みなとりとめのない四方山話。
 年配のおっさんが指名された。サソリ駆除の専門家だという。サソリを殺すにはこれを使う、と平たいソリのようなのプラスチック容器を取り出した。ふたが2つあって、こっちのふたにAの気体、こっちのふたにはBの気体を入れ、それが混じるとサソリを殺す。原理はそうだが、このBに残った気体がいい仕事をするのだ、と語った。何か教訓くさい話をするのだろうか、B気体はいったいどんないい仕事をするのだろうと、続きを待っていたが、別の人が指名されて、その話は終わってしまった。
 私はいつの間にか色鉛筆をたくさん手に持っていて、その芯がバキバキ折れている。もうすぐ自分も当たるのかな、もし当たったら、リーダーがそちらの緑色の服の女性に一目惚れしたというので、すっかり信じてしまいました、と笑いでもとろうか、と考えている。

 そこで目が覚め、日本は夕方だったので、うろたえる。時差の関係か。
 わざわざ子どもの日に仕事場へ出かけて一行も原稿書いていないとは言えないので、いかにも丸一日仕事していたかのような、なにくわぬ顔をして家に戻った。
 
 そういえば帰宅途中の本屋で、昨日話題になった『B型 自分の説明書』Jamais Jamais(文芸社)を見つけて立ち読みした。すると、
 □行事とかイベントで、なんかいつもカメラ係。
 と書いてあり、驚いた。ほかにも、
 □なんかものぐさ。(使い切ったトイレ紙の芯は床にポイ)
 も当たっている。トイレットペーパーの芯問題は、まさにいつも妻に注意されていることだ。
 □店内にいるとき、悪いことしていないのに挙動不審。
 おお、まさにそれは私のことではないか。さらに、
 □絶叫マシン好き。
 とまで書いてあり、買うことにする。
 □欠点を指摘されて一応悩んでみるけど、直す気はさらさらない。
 その通り。
 □自分では大爆笑のネタが人にはウケない。
 頭抱える。

5月6日(火)

 早く目が覚め、朝8時に家を出る。
 打ち合わせを兼ねた昼食会に行こうとして、上半身裸であったことに気づき、急いで会社へ戻るが会社が見つからない。という夢を見たが、昨日も夢のことを書いたので、詳しくは割愛する。
 朝8時に家を出たのは現実。
 外は快晴だった。
 仕事場へは、自宅から片側二車線の広い通り沿いをまっすぐに十五分歩いていくのだが、今日はどういうわけか見慣れた道が、いつもとちがって見えた。どこかの南国の離島にきたような気分。
 天気がいいから、建物の壁が白く弾けて、それが南島っぽく見えるのかと思ったが、どうやらそれだけではないらしい。車が走っていないのだ。ガソリンスタンドから流れる音楽が、心地よく聴こえる。いまだゴールデンウィークであること、朝早くて街が目覚めきっていないこと、そしてガソリンの暫定税率が復活したばかりで、ガソリンスタンドに車がいないことに加えて、雲ひとつない青空の作用が、風景を離島に変えたのである。おかげでなんとなく心騒いで、紀行エッセイを書きたい気持ちが盛り上がった。
 半日かけて書評連載の原稿UP。

5月7日(水)

 連載原稿をふたつ出版社にメールした。これが通れば、今日からしばらく締め切りがない。
 一日中、紀行エッセイの企画について考える。

5月8日(木)

 去年の夏あたりから、体に妙な症状がある。
 夜になると、足が異様に熱くなるのだ。
 わけがわからないので、病院で調べてもらったのだが、MRIだの、心電図だの、血液検査だのいろいろやって、何の異常も発見できなかった。別の医者にも行って調べたけれど、やはり異常なし。そのとき、強いて診断するなら、心因性ということになるでしょうか、と言われ、それならと今回心療内科へ行ってみた。初めての心療内科は緊張するかと思いきや、一度覗いてみたかった気持ちもあり、逆に楽しみであった。
 心療内科の先生は、症状についてだけでなく、私の家族構成から子ども時代の経歴まで根堀り葉掘り聞いてくるので、つい雑誌のインタビューを受けているような気分になり、何か面白いエピソードを披露してサービスしたくなった。そういえば、幼稚園時代に幼馴染だった女の子の弟に、この間偶然仕事で会ったんです。当時その子は一歳半ぐらいですから、もう四十年ぶりですよ。それがまさか、一緒に仕事することになるなんてねえ、驚きましたよ、ワッハッハ。
「何か変な声が聞こえたりすることはありますか」
「ありません」
「ひとつのことにこだわって、いつまでもそればかりやってしまったりとか、そういうことはありますか」
「いえ、とくに」
「家の鍵を閉めたかどうか気になって、何度も家に戻るとか」
「いえ、ありません」
「何か最近ショックだったことは?」
「べつにありません」
「眠れてますか」
「はい」
「何か不安を感じることはありますか」
「飛行機が怖いです」
「電車に乗るのも怖いですか」
「いいえ、飛行機だけです。飛行機おそるべし」
 というような会話のあとに、なんかわかんないけどとりあえず様子見でいいんじゃないの、と軽くあしらわれ、そんなこと言わずに飛行機をなんとかしてほしい一心で、薬を無理やり少しだけ処方してもらった。
 これで心置きなく飛行機に乗れると思うとうれしいが、そういえば飛行機じゃなくて、足の問題で行ったのではなかったか。そっちのほうは、あんまり話題にのぼらなかった。なんでや。

5月9日(金)

 夏の宮古島旅行をインターネットで予約する。
 旅行会社のパックツアーも考えたが、妻がホテルなんかに絶対泊まりたくない、民宿がいいというので、全部個人で予約することにした。
 妻は最近、マンションやホテルのような箱型の建物に強い敵意を抱いており、つまりはマンションに長く住んで苛立っているわけなのだが、私もどちらかというと、バックパッカーの血が騒ぐのか、気のおけない民宿があればそのほうがいいと思っているので、ネットで口コミ情報を調べまくって、宿を選んだ。
 おかげで宿泊費は安くあがったが、飛行機代が家族四人となると恐ろしい額になり、画面の予約ボタンをクリックするのに、意味もなく長い時間を要した。検討すべきは検討したと思ってからも、パソコンの前でさらに眉間にしわを寄せて熟考した。
 というのも、去年苦い経験をしているからだ。
 去年は旅行会社でパックツアーを申し込んだのだが、出発二週間前になって、息子が幼稚園で転び、腕の骨にヒビが入って、結局キャンセルするはめになったのである。今回も、キャンセルすると、飛行機代の半分を取られる。しかも旅割だから予約即50%のキャンセルチャージ。あまりに痛すぎる額ではないか。
 妻は
「宮古島は不吉だから、今年は別の島にしようか」
 などと弱気なことを言ったりもしたが、
「いいや。ここで逃げたら、敵がつけあがる。今年まただめでも、行けるまでひたすら宮古島に挑戦するのだ。何が何でも行ってやる、お前なんか絶対行ってやる、そういう気迫が大切なのだ。そうしないと不幸のワッペンが、われわれ家族に固着してしまうのだ」
 不幸のワッペンは夜になると人知れず赤外線発光し、それを目印に天から次々と不幸が投下されるのである。すでにこの一年間で、ワッペンはかなり馴染んできているはず。今年のうちに剥がしておかなければ、来年にはもっと剥がれにくくなるだろう。
 そうして長い熟考の末、最後は、のちに「勇者のクリック」と呼ばれる人差し指の一撃が、マウスの左側を、荘厳なポッチという音をたててポッチ。

5月10日(土)

 雨。
 息子を連れて図書館へ絵本を借りに行く。
 子どもができてから、もう百冊以上、いやもっと二百冊以上は絵本を借りたが、これまでに借りたなかでもっとも印象に残っているのは、『たなかさんちのだいぼうけん』大島妙子著(あかね書房)だ。
 たなかさんというおばあさんの家が洪水に見舞われる。すると、どういうわけか家から足が生えて、ばしゃばしゃ泳ぎだすという話。
 その設定だけですでにアホだが、絵本だから、まあそのぐらいでは驚かない。問題はそのあとで、この得体の知れん足がすごいパワーを見せて、たなかさん家をふしぎな国へ連れて行くとか、手や頭まで生えてきてしゃべりだすとか、そういう展開になるのかな、と思ったら、海へ出てバシャバシャ泳いでいるうちに、突然つるのだった。
 つるか、足!
 なんという腰砕けな展開。
 アホだ。アホすぎる。そこだけリアリティ出してどうするか。素晴らしいくだらなさに意表を突かれ、嫉妬を覚えた。物書きたるもの、このぐらいアホでなければならぬ。読者の予測を超えてくだらなくなければならぬ。自分なんかまだまだだと思った一冊である。
 

5月11日(日)

 早起きして新幹線で関西へ出張。
 朝日新聞の関西版夕刊に連載している「勝手に関西世界遺産」の取材。
 この連載はもう三年半も続いていて、毎回紙面の改変時に、もう終わるだろう、もう終わるだろうと思いながら、まだ終わらない。そのうちネタがなくなりそうでいつも心配しているが、どういうわけか毎回面白いネタが見つかる。
 今回は、丹波にある本州一低い分水界を見に行った。標高にしてたったの100m内外の盆地が、日本海と瀬戸内海の分水界になっている。盆地だから、分水嶺とは呼ばず、分水界なのである。
 集合場所の資料館を訪ねると、地元の郷土史家など大勢の方が待っておられて、歓迎された。
 温暖化で水位が100m上昇すると、ここで本州がふたつに分かれるのですと言われ、その地図を頭に思い描いて、妙にわくわくした気分になった。私はどういうわけか、何でも地図にすると、わくわくする。こういう奇妙な場所の取材は大好きだ。
 帰りの電車で、朝日新聞の担当記者挿翅虎さんと「西遊記」の話になる。むかし夏目雅子、堺正章らがやっていたテレビ番組。
 挿翅虎さんは、DVDを買ったそうだ。そうか、DVDが出ているのか。私も欲しくなった。あの番組は本当に面白かった。最高にくだらなくて、ほどよくエキゾチックで、ゴダイゴの音楽もパーフェクトだった。ハマったテレビ番組歴代ベスト5には間違いなく入る。挿翅虎さんと、西田敏行の怪演が光っていたとうなずきあった。

5月12日(月)

 昨夜は関西の実家に泊まり、今日東京へ戻る。
 毎回関西取材のときは、ついでにどこか観光して帰るのだが、寝坊したので、京都駅に近い三十三間堂を見ただけで帰った。もう何回行ったかわからないが、三十三間堂はまったく素晴らしい。昨今は仏像ブームになって、なんでぃ、なんて思うけれど、ひとたび堂内に入れば毎回、問答無用の感動がある。
 あのなごむ感じはいったい何だろうか。たとえば海なんかへ行ってなごむのとは、また違う味わいである。
 帰りの新幹線で『イエズス会宣教師が見た日本の神々』ゲオルク・シュールハンマー著(青土社)を読む。
 私は、外国人がはじめて見た日本に興味がある。西洋人が三十三間堂なんか最初に見たときは、それはそれはびっくりしただろう。仏像は手や顔がいっぱいあったりして、どうしたって悪魔に見えたにちがいない。その、仏像が悪魔にしか見えない感じ、を自分も味わってみたいのだが、すでに仏像のことを知っているために、なかなかうまく実感できないのだ。
 ちなみに、本当は今日は、御前崎にでも寄ろうかと考えていたのだった。寝坊して、知ってる場所に行ってしまったのが悔やまれる。
 前回の出張時は名古屋港水族館へ行った。その前は津島天王社だった。名古屋城も徳川美術館ももちろん行ったし、鳥羽からフェリーで渥美半島へ渡って帰ったこともある。英虞湾めぐりもした。私は東海地方に住んだことがないので、そうやって少しずつ東海地方を攻略しているのである。

5月13日(火)

 仕事場に、本の雑誌のニック・ステファノスさん来る。
 ゲラをもらい、本を預ける。
 雑談でB型の本の話になり、B型はトイレの中にトイレットペーパーの芯を転がしっぱなしにするんです、と話すと、前々から、いったいどこのどいつがこういうことをするんだろうと、腹が立っていたんですよ、と言われた。
 私です。
「ゴミ箱にちょっと捨てるだけなのに、なぜそれができないんですか?」
 ニックさんと別れたあと、ひとりでその理由をつらつら考察した。しばらく考えて、汚れているのと、ちらかっているのは違うという点に思い至る。
 そうなのだ。トイレットペーパーの芯は、もともと清潔なものであって、それが床に落ちていても汚れた感じはしない。これがたとえば鼻をかんだティッシュとなれば話は別で、汚いような気がするからちゃんとゴミ箱に捨てるのである。それに比べると、トイレットペーパーの芯は、床に落ちていても、ただ少しちらかった感じがあるだけで、どうしても取り除かなければならないという切迫感がない。だいたい、あの芯を見て、もう用が済んだものという感じがするだろうか。むしろ、生まれたての生命のような、純真ピュアな形ではないだろうか。突然起き上がって、ピポピピポ(はじめまして)とか言いそうだ。
 もちろん私だっていずれは、ゴミ箱にいくつもりでいるんですよピポピピ。でもね、できればたくさん集めてもらって、子どもの工作なんかに使ってもらえたら、なんて思うこともあるんですピポピピピピポポ。せめてもう少しの間、ゴミ箱行きは待ってもらえないでしょうか。ほんの少しでいいんです、ずっとぐるぐるに巻きつかれてて、やっと娑婆に出られたんです。だからあと少しだけ、日の光を。お願いですお願いしますピポピピポピピポピポプー。
 なんて哀れなんだ、トイレットペーパーの芯!
 私はこれからもずっと、床に転がしてあげようと思う。
 
 以上の話とは全然関係ないが、ニックさんは動物園ではフクロウに釘付けだそうである。
 それを言うなら私は水族館のエイです、という味わい深い雑談もしたのだが長くなるので割愛。

5月14日(水)

 数日前から咳が出ていて、昨夜は夜中に咳で目覚めた。
 妻は熱を出し、娘は下痢。息子だけ元気に幼稚園へ行った。バラバラやがな。
 漢方を飲んで仕事場へ向かう。
 雨がしっかりと降っていたが、歩いているうちに空が明るくなり、雨は降り続けているのに日が射してきた。おお、南国のスコールっぽくていいじゃないか。
 関西取材の原稿UP。

 中国の四川省で大地震が起こり、まだ多くの人が生き埋めになったままだとニュースで繰り返し報じている。建物の手抜き工事が原因と言われているようだが、阪神淡路の30倍のエネルギーが放出されたそうだから、場所によっては手抜きじゃなくてもひとたまりもなかったんじゃなかろうか。遠く離れた北京でも、みんなビルから飛び出したというから、スケールが違う。阪神淡路がこれと同じ規模だったら、日本は北海道から沖縄まで全部揺れたことになる。
 なんか最近、自然のやることがどんどんデカくなってきていないか。

5月15日(木)

 昨夜はますます咳がひどくなり、一睡もできなかったので、ベッドで本を読んだ。読んだのは『アボリジニの世界〜ドリームタイムと始まりの日の声』ロバート・ローラー著(青土社)で、これがかなり面白い。
 アボリジニの社会では、〈性行為そのものは、子どもに内緒にされることはけっしてない〉のだそうで、〈子どもの成長とともに、性交中の大人を観察するという行為は、彼らが一番熱中する娯楽になっていく〉のらしい。凄い。われわれのとは何かが根本的に違っている社会。そういう社会について知るのは愉快だ。
 
 朝を待って病院へ。
 医者が、あーんしてくださいと言って、口の中に棒を突っ込んだ途端、えっ! という顔をしたので、こっちが驚いた。のどではなくほっぺたの裏側を棒でつついて、痛いですか? と聞くから、全然、と答えたのだが、そのままとくにコメントはなく、いったい何があるんだあ! と気になってその後の話を聞いていなかった。抗生物質と咳止めをもらう。
 仕事場に戻って鏡で覗いてみたが、とくに異常な感じのほっぺの裏ではないように思われる。しかし、なんとなく、ほんとにこれであってるのかな、というような形状ではあった。なんとなく。
 
 紀行エッセイのためし書き。
 何かをまだつかんでいない。

5月16日(金)

 去年の秋、子どもたちが隣の公園で拾ってきた植物の種を、ベランダの植木鉢に無造作に放り込んでおいたら、春になって芽が出てきた。青々とした丸い葉を手のひらのように広げて、次から次へと芽吹く。
 というと美しいが、ごっそり拾ってきたので、ごっそり密集して生えて、ぐちゃぐちゃである。何の花だか草だかもわからない。子どもたちは喜んでドボドボ水を注ぎ、植木鉢がしょっちゅう水田みたいになっているが、親は育てる気などさらさらない。

 シュノーケル仲間からメールで、夏の伊豆行に、家族でどうですかと誘ってくれた。しかし、日程が、息子の幼稚園のお泊り旅行とかぶっていて、行けそうにない。子どもができてからシュノーケル旅行に行く回数は激減しており、本当はひとりででも参加したいが、息子の送り迎えもしなければいけないので、泣く泣く不参加ということにした。残念。メンバーの中には、私の知らない新しい人も増えていて、どんどん取り残されていくような寂しさを覚える。
 そういえば絶叫マシン仲間のほうでも、毎年夏にアメリカ絶叫ツアーを敢行していて、去年はなんとか参加できたものの、これも今年は断念。絶叫ツアーは金もかかるし、旅行期間も長く、毎夏そんなに家を空けられないのだ。
 今年のツアーは木製コースター中心の渋いツアーだったから、本心では行きたくてたまらなかった。去年のツアーとこのツアーで、十分一冊の本にできそうだから、仕事にしてしまえばいいのだけれど、出版社にプレゼンテーションしても、決まって「ジェットコースターはちょっと……」と引かれてしまう。私に紀行エッセイを書かそうとしているQ社のテナーさんにも「それ以外のネタで」とかわされたし、「何かすぐに一冊書けるネタはありませんか」と尋ねてきたA社のテムジンさんも、「うーん、遊園地全般ということなら、まだいいんですけどねえ」と渋っていた。ジェットコースターはそんなに鬼門のネタだろうか。

 今日も紀行エッセイのためし書き。
 どうしてもピンとこず、妻に読んでもらうが全ボツ。
 私はいつもこうして、書きはじめるまでに時間がかかる。

5月17日(土)

 木下大サーカスが来ているので、子どもたちに見せてやろうと、立川まで出かけた。開演までの間、公園で遊ばせる。
 娘は、どこでもすぐに裸足になりたがる癖があり、今日も公園のシロツメクサの上を走り回っていた。それが、突然足の指をハチに刺されて、号泣。
 全然泣き止まないので、妻が、犬に顔噛まれるよりマシでしょ、と意味不明のなぐさめを言うも効果なし。そりゃそうだろ。
 娘は今すぐうちに帰ると言って聞かず、結局サーカス見物は中止となったのだが、帰り道にアイスクリームを買ってやると再起動し、またどかどか走り出した。しかし親のほうに戻る気力がなく、サーカスはそのまま忘却の彼方に。

5月18日(日)

 雲梯ができるようになったから見て、と息子が言うので近所の公園へ出かけた。見て見て、と言って得意げに往復する息子。すごいなあ、と調子を合わせてやると、何度も何度も往復。
 やがて、お父さんできる? と挑発するので、なもん楽勝やがなと、ぶらさがったところ、何らかの超自然的な作用により、腕が雲梯に貼りついて動かなくなった。体面上そのままというわけにはいかず、なんとか最後まで平然と渡り切ったけれど、平気なのは顔だけだったのである。
 おかしい。
 雲梯ってこんな重労働だったか?
 私はべつに太っているわけでもないのに、こんなに重いのは変だ。近所に墓地があるので、悪霊の仕業かもしれない。

 それにしても、医者でもらった薬を飲んでいるのに、ちっとも咳がとまらなくて腹が立つ。
 トローチもだ。ちっとも効かないじゃないか。
 思えばこれまで、せき止め効果を謳っているトローチやのど飴をなめて、少しでも咳が収まったためしがない。ハーブの効能とかいろいろ書いてあるけれど、どれひとつ納得のいく効果がなかった。喉がスースーして気持ちいいものはあるものの、それにしたって、スースーしてほしいのはもっと喉の奥のほうなのに、ずっと手前の、ほぼ口の中といってもいいあたりしか気持ちよくならないのだ。
 咳が出るのは気管や肺に異常があるのだから、飴なんかなめても効果ないんじゃないか。咳止めは気体であるべきではないか。酸素ボンベみたいな咳止めがなぜ売っていないのか。

5月19日(月)

 今日も一日紀行エッセイのためし書き。
 どうもうまく書けない、と頭を抱えていると、妻が突然「やめたら」と言う。やめたらってああた、仕事でがんす、ととっさに言い返したのだが「今のあなたは、書くことにほとほと疲れているように見える」と指摘された。そして「しばらく書くのやめたほうがいいよ」と大胆なことを言う。
 何と答えていいかわからず、黙っていると、
「あなた、過労死するサラリーマンのことを、なんでそこまで働くかな、自分ならさっさと会社辞めて逃げるのに、って言ってたけど、今のあなたもそんなサラリーマンと同じじゃないの」
 ……。
 どういうことだ? 自分ではそんなに働いているようには思えない。むしろちっとも働かない怠け者のように感じているのだが。
「休んだほうがいいよ。休まないから書けないのよ」
 休む? もともと遅筆なのに、さらに休む?
 ありえない気がする。
 とっさにL社のカースン・ネーピアさんの顔が浮かんだ。私はカースン・ネーピアさんに書き下ろしを頼まれたまま、もう何年も待たせており、さらにしばらく休みますとは言えない気がする。カースン・ネーピアさんは、私が今までもずっと休んでいたぐらいに思っているだろう。
「小説だって全然進んでないでしょ。本当は今何も書きたくないのよ」
 返す言葉がなかった。
 私が過労死するサラリーマンと同じぐらい働いているかといえば、それは断じてNOであって、肉体的に疲れてるってことはないと思うが、心の中で書くことに飽き飽きしているのかどうか、そこまではわからない。どう考えたものかすぐに判断できない。
 それにしても、収入がなくなることを屁とも思っていない妻の態度には、いつも感心させられる。

5月20日(火)

 昨夜ひどい雨と風が吹き荒れていたが、だんだん止んで、仕事場へ出勤する頃には傘がいらなくなっていた。かき乱された大気のおかげで、住宅街を貫く幹線道路にも、むっと草の匂いがたちこめて、山の中か? と感じるほどだ。そんなとき私は、かつて歩いた東南アジアの熱帯雨林やヒマラヤ山麓の情景を、胸いっぱいに甦らせて、束の間の開放感に浸る。

 ちっとも捗らない紀行エッセイはいったん置いて、少し早いが、来月頭締めの連載原稿を書く。

5月21日(水)

 娘はこのごろ、幼稚園に嫌がらずに通うようになった。
 そのかわり、毎晩悪夢にうなされている。何か意味のとれないことを口走りながら、のけぞったりするのだ。抱っこすれば収まるかと思いきや、殴られたこともある。どういうことだ。そんなに恐ろしいところなのか幼稚園は。
 
 紀行エッセイについて、中国や台湾、韓国そして日本といった漢字文化圏をめぐる旅を書くつもりで、テナーさんにもそう伝えてあるのだが、自分で言い出しておきながら気持ちが変わってきており、いったん全部リセットして考え直してみた。
 今一番行ってみたい場所はどこか。現実的に本当に行きたいところ。即座に四国八十八ヶ所という答えが出た。信仰心とか、せっぱつまった悩みがあるわけではないが、体を動かしたいし、何より八十八ヶ所の朱印を全部集めて、悦に入ってみたい。それに前々から四国の自然が気になっていたし、今の気分にぴったりだ。
 
 咳がやっとひいてきた。

5月22日(木)

 A社テムジンさんと、新宿で単行本の打ち合わせ。
 初めての紀行でないエッセイを出す予定。あちこちで書いたものをまとめたものだが、内容が多岐にわたっており、ひとつにうまくまとまってくれるか心配だ。
 新宿に出たついでに紀伊国屋で、四国八十八ヶ所のガイドブックと『中世の東海道をゆく 京から鎌倉へ、旅路の風景』榎原雅治著(中公新書)という本を買う。実はちょうどこの前、鎌倉時代の日本の風景ってどんなだったんかなと思い、『東関紀行・海道記』玉井幸助校訂(岩波文庫)を買って読み始めたら、古文だからイメージが湧いて来ず、放り出したばかりだったのだ。なんというタイムリーな本。こんな本が出ていたのか。まさに私のために書かれたとしか思えない。
 この頃、どうも昔の風景が気になる。世間では昭和ブームなんていってるけど、そんな最近のじゃなくて、写真などなかった時代の風景。今見ることができたら、どんなにエキゾチックだろうかと思うのだ。映画「紀元前一万年」なんかも実は気になっており、どう考えても映画的にはつまんなそうなんだけど、一万年前の風景を見るためだけに観ようかと思ったりする。
 今回の本といい、「紀元前一万年」といい、ひょっとして、今、昔の風景ブームがきてるんじゃないだろうか。
「紀元前一万年」は関係ないか。

5月23日(金)

 ハワイの記事を書かないかとの打診があり、J社へ行って打ち合わせ。
 いつも出版社と打ち合わるときは、とくに服装など考えずに普段着で出かけるが、この日はアメリカで買ったジェットコースターの絵柄のTシャツを着ていた。出版業界では編集者でさえスーツなんか着ていない場合も多いので、なんでもありなのである。ところが、考えてみるとJ社は出版社ではなかったのだった。
 ガラス張りの洗練された社屋の受付で、周囲がみなぴっちりとしたスーツ姿ばかりだったときには、せめて襟のついたシャツを着てくるべきだったと頭を抱えた。おまけにリュック背負って運動靴という、この年でそれが普段着というのもどうかと言われそうな恰好だった私は、不審者と思われないようさりげない態度で受付を済ませ、さらに警備員に阻止されないよう胸のまんなかに堂々と入館証をちらつかせつつ、エレベーターへ突入した。
 そうして、そうだったそうだった、会社っつうのはそういうものだった、と後悔とともに昔を思い出しながら、事情を知らん人にいったい私は何者と思われているだろうかと考えた。一流企業のオフィスに突如Tシャツで現れる男。宅配業者はそんなところまで入らないだろうし、掃除や工事の人は作業服着てるだろう。もちろん商談相手は論外。とすると残るは……親戚? 
 いやあ、たまたま近くまで来たんで顔でも見ようと思ってね、どう、元気? お母さんの調子はもういいの? って東南アジアのタクシーか。

5月24日(土)

 娘に水ぼうそうらしき水疱が出た。
 夏の宮古島を阻止してやろうという敵の陰謀と思われるが、時期早尚だったようだ。今頃水ぼうそうに罹っても、夏までに治ってしまうだろう。ぶはは。平気平気。
 

5月25日(日)

 妻と息子がプラネタリウムへまた行きたいというので、府中郷土の森博物館(三度目)へ。
 満席だったためしがないから、そんなに流行っていないのかもしれないが、リピーターは多いらしく、もう何回来たかしら、なんて言ってる人もいる。
 こないだ観たばかりなのに、またも娘は、
「ねえ、これ、ほんとにどっか行ってるの? またおうちに帰れるの?」
 と不安げ。
 おうち? そんなもん、帰れないほうが面白いじゃないか。
 
『酩酊混乱紀行「恐怖の報酬」日記』恩田陸著(講談社文庫)を本屋でちらりとめくった瞬間に即購入。飛行機が怖い話が延々書いてあったからだ。恩田陸はどのように飛行機の恐怖を克服しているのか、それを参考にしたい一心だった。
 しかし飛行機部分を熟読するも、具体的な方策は書かれていなかった。ひたすらパニックと戦っているだけのようだ。なので残念ながら参考にはならなかったが、乗る前から〈あのなかで発狂したらどうしよう〉とビビっているあたり、涙なくして読めない。まったくもってかわいそうであり、かつ、これが自分じゃなくてよかったと思う。私も、アジアならともかく、ヨーロッパまで平常心で飛ぶ自信はない。
 それにしても、この取材旅行が生まれて2度目の飛行機だというから、恩田陸の飛行機嫌いは私の比ではないのだろう。私は怖い怖いと言いながら、おそらくもう100回以上は乗っている。それだけ乗っておいて怖いも何もないだろ、と言われるかもしれないけれど、それは私の飛行機恐怖症がたいしたことないわけではなく、海外旅行へ行きたい度が、その恐怖をはるかに凌駕しているからである。
 それでも南米ぐらいになると、その長い飛行時間中にそれこそ発狂は確実なので、いまだ行けないでいる。
 先日心療内科へ行った際、
「これはパニック障害なんでしょうか」
 ときいてみたが、
「実際に乗れなかったことはないんでしょう?」
 と言われ、たしかに直前で降りてしまったとか、乗っていて気を失ったとか、そういうことは一度もなかったので、やっぱり自分程度の飛行機嫌いは、まだまだ甘いのかもしれない。
 恩田陸は、作家には飛行機嫌いが多いと書いていて、向田邦子は有名だが、スティーブン・キング、アーサー・C・クラーク、レイ・ブラッドベリ、スタンリー・キューブリックなどの名を挙げていた。たしか高橋克彦も自分で書いていたはずだ。高橋克彦はさらに水が怖くて顔も洗えないそうだから、相当な怖がりであるが、SF作家に飛行機嫌いが多いのは、なぜだろう。
 ひょっとすると飛行機が嫌いなのは、人間関係における苦悩が少ないからではあるまいか。人間関係の苦悩が少ないと、書く小説も私小説と対極のものになり、なおかつ日常に悩みがないから飛行機ごときが怖くなるという仮説。少なくとも、私自身は人間関係で悩むことがあまりない。虐められたり悪口言われても、馬耳東風である。自分の言葉が人を傷つけたんじゃないか、なんて場合も、言ってしまったもんはしょうがないって感じで、いつまでも悩まないし、それで嫌われたとしても、ま、友だち減っても全然オッケーと思うタイプだ。SF作家がみなそうだとは言わないが、そういう人が飛行機嫌いになる傾向がありはしないか。恩田陸に、友だちが減っても気にしないかどうか聞いてみたいものだ。

5月26日(月)

 朝、家にスズメバチが入ってきて、あまりのデカさにたじろいだ。さすがスットコランドのスズメバチだ。なんとか無難にお引取り願いたかったのだが、ガラスにガンガンぶつかるばかりでらちがあかない。
 部屋に入ってきた虫が、外に出たいのにちっとも出られない光景を見るにつけ、虫にだけわかる「出口はあちら」のサインを擦り込んだガラスが開発されないものかと思う。
 結局外へ誘導できず、殺虫剤で撃破。
 
 締め切りはまだだが、早めに書評エッセイを書いて、寝かせておく。うまくすると醗酵する場合があるからだ。
 
 四国遍路のガイドブックをアマゾンでいろいろ取り寄せて、空いた時間に、計画を練っている。一周通しで歩いて四、五十日かかるらしい。歩くとすれば一度では行けないから、区切り打ちということになるだろう。でも、歩きにこだわってるとそればっかりになりそうだ。もっと自由に寄り道とか観光がしたい。歩きだと寄り道する体力的余裕はさすがにないだろう。ただでさえ寄り道すると日数はさらに増え、金がかかる。どうしたものか。
 さらにハワイのガイドブックも本屋で購入し、こっちもあれこれ検討。今まで行ったことがなかったけれど、なんだか楽しそうである。ギネスに載ったパイナップルの迷路がある。エイに餌付けできるプールもある。なぜかはわからぬが平等院まであった。平等院?
 しかし、もはや書き尽くされた感のあるハワイについて、いったい私が何を書くのか、それが問題だ。ダイアモンドヘッドに巨大な仏像でも立っていればいいのだが。

5月27日(火)

 快晴。
 仕事場への道は、横断歩道やガードレールがギラギラと照り返してまぶしいぐらいであった。
 暑くても風景が明るいのはいい。それだけで、生きてるなあ、という気分になる。
 結局私はいい風景を眺めるために生まれてきたのではないか、とさえ思うことが時々ある。そうして時間も空間も自我さえもない退屈な死後の世界で、それをプリントアウトしてみんなに配るのだ。
 連載エッセイ8枚をUP。これが今度の単行本に収録される最後のエッセイになる予定。
 
 今週末は久々に晴れそうなので(ここ一ヶ月週末は必ず雨だった)、キャンプに行きたいと妻が言う。それでインターネットでキャンプ場を探して、あれこれ計画した。妻は海の近くがいいと言うが、私は群馬県に行きたい。縁もゆかりも親戚も友だちもないが、なぜか昔から群馬県が気になる。地形がメリハリに富んで、すごい風景に出会えそうだからだ。ビバ、群馬県!
 それと同時にハワイの企画を考え、四国についても思いをめぐらせ、さらに宮古島の件で敵と戦ったりして、なんだか頭の中が旅行で埋め尽くされている。結構な身分としか言いようがない私だ。

5月28日(水)

 胸やけがして朝早く目覚めた。
 なぜ胸やけするのか身に覚えがないが、目が覚めた瞬間に思ったのは、四国遍路じゃまくさい、ということだった。
 昨日まで盛り上がっていたのに、なぜまた急にそんなことを思うのか。
 以前潜りに行って感動した柏島の海や、うまかったさぬきうどんのこと、そしていつかカヌーで下りたい四万十川のことなど、四国のいい面ばかりを思って浮かれていたが、それと一周歩くのは別の話だということに今になって気づいたのである。あんな大きな島を一周歩くなんて、このものぐさな私が途中でイヤにならないはずがない。
 参ったな。
 しかも面白くなくてやめるのならともかく、面白そうなのに、しんどいからやめるなんてことは自分のプライドが許さない。
 浮かれてるけど、覚悟が足りないんじゃないの?
 胸やけは、たぶんそれを私に伝えたかったのだ。
 意味もなく胸やけするときは、いつも新しい発見がある。
 
 毎月通っている病院へ定期検査に行ったついでに、江東区の東京都現代美術館に寄る。
「大岩オスカール 夢みる世界」と「屋上庭園」というふたつの企画展が観たかった。「屋上庭園」は庭園という言葉に惹かれていたのだが、植物の絵が多いだけで、庭園と題するのは、こじつけくさかった。大岩オスカールは、絵がたどたどしくて、もうちょっとがんばってほしい気がしたものの、そのたどたどしさに人の良さを感じた。
 電車の中で先日買った『中世の東海道をゆく 京から鎌倉へ、旅路の風景』榎原雅治著(中公新書)を読む。浜名湖が昔はあんな露骨には海と繋がっていなかったことを知る。そうじゃないかと思っていた。

5月29日(木)

 とある基金の加入者向けの会報で、はめ絵コーナーを担当している。毎回お題を出し、子どもたちから届いたはめ絵にコメントをつけたり、模範解答を描いたりする。今日は一日それをやっていた。ときどき、予想を超えたわけのわからん絵が届くので子どもは面白い。どう見ても犬か鳥のようなものをはめたくなるであろう形に、畑をはめてきたりする。
 なにぃ、畑?
 思わず誌面に採用してコメントで絶賛する。

 妻に言われたからではないが、このところずっと悩んでいた日常エッセイの連載をやめる決心がつく。逡巡の末、その旨、担当編集者のテムジンさんにメールした。

 週末は、やっぱり雨になりそうで、キャンプ計画潰える。群馬県はまたの機会か。

5月30日(金)

 産経新聞の見本紙が届く。毎週4人持ち回りで、サブカルに関する連載を持っていたのだが、4月以降そのうちふたりの連載がなくなって企画ものに変わっている。ふたりは連載をやめたのだろうか。知らなかった。
 おかげで自分も無性に仕事がしたくなくなり、仕事場へ行って、一日ぼーっとして過ごした。サラリーマン時代は、仕事中多少ぼーっとしていてもお金が入ってきたが、今はぼーっとしているとお金が入ってこない。入ってこないどころか家賃が出ていく。
 その浪費しているなあという実感が、今日は素敵だ。正確にいうと、浪費をものともせずぼーっとしていることに、瑞々しい充実感がある。このぼーっは単なるぼーっではない、これこそは未来の大変革を促すための戦略的ぼーっなのだ、と都合よく解釈し、ますますぼーっとした。
 だが、ぼーっの蓄積が将来何かを生み出すなどと考えているうちは実はまだまだで、何も生み出すもんか知らん知らんプー、ぐらいの境地にならなければだめだ。何ひとつ生産的な要素のない無意味なぼーっ。妻が仕事休めと言っていたのも、この延長だろう。
 
 テムジンさんから休載了承のメール届く。
 ずっとお世話になっていたので、申し訳ない気分。収入も大幅に減って、生活が苦しくなるが仕方がない。

5月31日(土)

 キャンプは雨でなくなり、子どもを1000円カットに連れて行く。妻は近所のお母さん友だちと飲みに行った。
 深夜に帰ってきた妻によると、近所では、宮田家は家賃補助もないのに家のほかに仕事場を借りているし、宮古島に旅行に行くというし、結構金持ちなんじゃないかと思われているという。
 全然ちがいます。
 貯金を削り、この身を削って生きているのです。

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