妻と息子と娘が、息子の足のむくまま、どこにでもどこまでも歩いていく散歩に出かけた。私はひとり仕事場で仕事をしながら、歩いていける範囲などたかが知れていると思いつつも、ひょっとしてホビットの村とかナルニア王国とかに行ってるかもしれない、自分もついていけばよかったと後悔した。
さらに突然、頭にクイッサス・ハデラッハという言葉が浮かび、それがいったい何なのか思い出せず悶々とした。仕事場には、うっかりネットサーフィンなどしてしまわないよう敢えてインターネットを引いていないため、家に帰って早く調べたくなった。そんなこんなで全然仕事に集中できなかった。
一応、先日のプラネタリウムのことを新聞連載用に書いたが、プラネタリウム凄かった、という単なる素人の感想になってしまい、頭を抱えた。しかしいくら考えても、それ以上べつに言いたいことはなかった。そのまんま送ろうと思う。
帰宅後、クイッサス・ハデラッハを検索したが、インターネットはそんなもん知らんとのこと。
4月27日(日)
4月28日(月)
Q社編集のテナーさんと吉祥寺で連載の打合せ。
ギャグ紀行エッセイなら勇気を出して断ろうと思っていたのだが、取材費をくれるというので、心グラグラに揺れる。
「でも、海外に行くとなると、少なくとも一回ン万円ぐらいはどうしてもかかりますよ」
「ええと、ン万円ぐらいまでなら、なんとか出せるんじゃないかと思います」
え?
心、倒壊する。
しかも、ギャグにそこまでこだわらなくていいと言われ、そんな自分でも赦されるのかと、大きな光に包まれたような、ほとんど洗脳されたような脳波状態になり、気がつくと、言われるがままに、床の間に置くと運勢がたちどころに上向くという壷を購入していた(ウソ)。
さっそく検討に入る。
もしこれから紀行エッセイをやるとなると、何をテーマにするべきか。これまでのように、ジェットコースターだの巨大仏だのベトナムの盆栽だのといった、好きなモノ、気になるモノを追いかけて書くスタイルに少々食傷気味なので、少しちがった観点でやってみたい。それについては実はアイデアがあるのだが、いまだ焦点が曖昧な感じで、よし、これでいける、というところまで煮詰まっていない。形のうえでは、中国や台湾、韓国そして日本といった漢字文化圏をめぐる旅なわけだけれど、そこでこんな旅をしたいというイメージを、言葉でうまく表すことができないのだ。強いていえば、ある種の風景を探す旅だが、その、ある種の風景とはどんな風景なのか、が言葉にできないでいる。写真家なら、こういう感覚をうまくすくいとるんだろうな。
そうだ、そういうことなら、急きょ恵比寿の東京都写真美術館へ行って場の雰囲気にのまれ、自分のクリエイティブセンスまで上昇したかのような錯覚をテコに、じっくり考えてみようと思ったら、着いてみると館内が真っ暗で、定休日の札が立っていた。シャットアウト。
こざかしいことグダグダ言ってないで、文化的考察とか、役に立つ情報とか、現地の人々とのふれあいとか一切なく、読んだ人が、これ現地行ってないでしょ、と思うほど、中身スカスカの究極的にくだらないおバカ旅行記を書け、というお告げではないか。
Don't Think! Eeeeeeel.(考えるな、うなぎだ)
ところで、昨日のクイッサス・ハデラッハは、クイサッツ・ハデラッハではないか、と本の雑誌のニック・ステファノスさんに指摘され、調べてみたところ果たしてそうであった。映画『砂の惑星』に出てくる救世主の名前である。ずっとむかしに観たのだが、妙な語感により、意味は忘れても単語だけ私の深層にもぐりこんでいたようだ。ニック・ステファノスさん、なぜそんな瑣末すぎるネタを知っているのか。侮れん。
4月29日(火)
ゴールデンウィークをどうするか。というのは、毎年悩ましい問題だ。
物書きに休日も平日も関係ないし、そこらじゅうの観光地が混雑しているときにわざわざ出かけるのもアホらしいのであって、私としてはゴールデンウィークこそあくせく働き、世間があくせくしているときに休みたいわけだけれど、現在子どものカレンダーがわが家の法なので、法に則り今日は海へ行くことに。海のそばで生まれ育った妻は、いつも海が見たい海が見たいと念仏のように唱えており、いい加減ガス抜きしなければまずいことになりそうな危機感もあった。
関係ないけど、妻の記憶にある海は、砂浜にカブトガニがごろごろしていたというから驚く。ほんまかいな。
博多の近くなのだが、昭和の時代にそうだったということは、元寇の頃はカブトガニで埋め尽くされていたであろう。去年、興味があって元寇に関する本をたくさん読んだが、モンゴル軍がカブトガニを蹴散らし蹴散らし上陸したとか、竹崎季長が咄嗟のアイデアでカブトガニを盾にして難を逃れたグッジョブ、みたいな記述がまったくないのはどういうわけであろう。一度「蒙古襲来絵詞」にカブトガニが描かれていないか、じっくり見てみたいものだ。
さて、日帰りなので、家からあまり遠くない海ということで、大磯まで車を走らせる。
途中、川の上に夥しい数の鯉のぼりが揚げられているのを見た。それだけでも印象深かったが、その川の横に、忽然とひとつだけ高層マンションが建っているのがなんとも奇妙だった。それがまた共産圏のアパートのような色合いで、昔マケドニアの首都スコピエでホテルを探したときの光景が頭の中にフラッシュバックする。そういえば以前ここを通ったときは、川原にデコトラが大集結していて、宵闇にビカビカ光っていた。まるで宇宙を見下ろしているかのようだった。そういう、非日常に突然引きずり込まれるような風景が、私は好きだ。
やがて海に近づくと、なんと、こないだ平塚からバスで行った西海岸に出て、一週間の間にこんなところに二度も来たか、とおかしくなった。
そうして大磯のビーチで子供を遊ばせた帰りしな、今度は行きとは違うルートで帰ったところ、いい感じの川原があったので、車を停めて散歩した。たいして広い川ではなかったけれど、対岸に緑の丘陵が低く連なり、川原には菜の花が咲いて、宮沢賢治の命名した北上川のイギリス海岸がたしかこんな景色だったと、旅情豊かな気分になる。
川原で数家族がテントを張っていて、みな顔はおおむね日本人なのに、スペイン語かポルトガル語をしゃべっていた。露出度の高い服を着たおばちゃんが、旦那の膝に座っている。さすがラテン系、その年でそんな格好で旦那の膝に座るか、と感心しつつ、広場でゲートボールをやっているほうをちらっと見たら、ゲートボールでなくてペタンクだった。旅情豊かすぎ。どこなんだ、ここは。
マケドニア→西海岸→イギリス→南米?
一日で世界一周したような、そんな昭和の日であった。
4月30日(水)
娘泣き喚き、幼稚園登園を頑として拒む。妻、それを胴上げのようにワッショイワッショイと幼稚園バスに放り込む。
四月は、そこらじゅうで、似たような光景が繰り広げられているようだ。制服に着替えない子供を、制服ごと投げ込んだりする親もあるらしい。バスの中には自動的に制服を装着させる機械があるのだ。
そんなわけで、園バスの窓から、ピンク・フロイド「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール パート2」が大音量で漏れ聴こえてくるような、のどかな朝であった(ウソ。本当は、心張り裂けるようだった。がんばれ、娘!)。
伝書鳩が鳩の帰巣本能を利用しているのだとすると、返信はどうするのかという点が突如気にかかり、アマゾンで『伝書鳩〜もうひとつのIT』黒岩比佐子著(文春新書)を購入。
同様に、温泉につかる雪国のサルは、温泉を出た後どうしているのか、という点も前々から気になっていて、冬のニュースでサルの映像が出ると熱心に見る。しかし、温泉をあがった後のサルが映ったためしはない。全身ずぶ濡れで、暖房もタオルもないのだから、凍死は免れないのではないか。大丈夫か、サル。気になる。
5月1日(木)
一日、仕事場。
エッセイ8枚UP。
なんか知らんが、ドロップアウトしたいと、ふと思う。しかし、すでに私はサラリーマンからドロップアウトした身なのであった。これ以上ドロップアウトして、いったいどこへ行こうというのか。
ドロップアウトの二乗。
五乗ぐらいまでは行けそうな気がする。
5月2日(金)
高野秀行さんと往復書簡の打ち合わせ。
打ち合わせのあと、今仕事ぬきで一番どこへ行きたいかという話になる。
私はイエメンとかシベリアとかアイスランド、パタゴニアあたりに行きたいと話した。
高野さんは「僕はバルカン半島ですね」と言う。ユーゴスラビアがバラバラになってしまったのが残念だそうで、なんとかあのへんのチマチマした国をひとつにまとめたいと壮大なことを語っていた。ただ、よく聞いてみると、博愛精神とは関係なく、地図がチマチマしているのが嫌、みたいな理由のようであった。さらに旧ソ連が分裂して、ベラルーシとかウクライナとかになっているあたりも気になるとか言っていた。なんのこっちゃ。
そのあとでふと「ああ、仕事ぬきなら単純にヨーロッパを旅行してみたいかな」と辺境作家らしからぬことを言い、そういえば自分もそうだなと思ったので、お互い実はミーハーであることが判明した。
高野さんとは、紀行本ばかり書いてきたこと、日常的な事柄に興味がなく、日常エッセイや自伝エッセイみたいなものを頼まれても筆が走らないこと、などが共通していて、同志だと思っていたが、さらに新たな共通点が見つかったわけである。
高野さんと別れ、ひとり渋谷に出て、映画「ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で」を観る。17歳のときに長大な物語を書きはじめ、81歳で死ぬ直前まで書き続けた、アウトサイダーアートの天才、ヘンリー・ダーガーをめぐるドキュメンタリー。
なによりその持続力に驚く。本人はよほど現実が苦しかったのだろう。数百枚はあるという挿絵は、どれも微妙な色合いでセンスを感じたけれど、ストーリー自体は、あらすじを知った限りでは不毛な感じがした。不毛も何も突き抜けて、絶対零度というか、まるで温度がない。私には何ひとつ共感する要素がなかった。
帰りの電車で、『タフの方舟2 天の果実』ジョージ・R・R・マーティン著(ハヤカワ文庫)を読んだところ、人口が増えすぎて食糧危機に陥る惑星が出てきて、暗い気持ちになる。
温暖化、食糧危機、エネルギー危機などなど。つねに心の底に流れる滅亡の予感が、むくむくと頭をもたげてくる。遅くとも自分の子どもたちが生きている間に、全地球規模のカタストロフがくるのではないか、という不安。数年前、それにやられて一年近くノイローゼっぽかったことがある。たしか「ウはウミウシのウ」を書いていた頃だ。何しろそこらじゅうの海で珊瑚が死んでいたのである。怖くならないほうがどうかしている。あのときは、いっそどこかの人口密集地帯に隕石でも落ちないものか、日本以外の、などと黒いことを考えたりもして、フォースの暗黒面に落ちそうになっていたのだった。あの黒いあれが復活しないよう、深く考えないことにする。
5月3日(土)
今日から世間は四連休。
午前中、雨。
車で買い物に出かけ、家具屋でヘリウムガスの入った風船をもらった。車の中に浮かべて走ると、窓からの風でそれがめちゃめちゃに暴れて、子どもたちに大うけ。もっともっと風船を満載して走れば、さぞ愉快にちがいない。
窓からカラフルな風船を次々と空へ放ちながら、走り去る車。見ているうちに、なんだかヘンな形の風船とか、有り得ないほどでかい風船とか出してきて、沿道から、おおお、なんて声があがる。子どもたちが車を追いかけていくが、そのうち風船の浮力でふわふわ浮き上がり、森を越えて飛んでいってしまう。空に昇っていく風船の列だけが、蒸気機関車の煙のようにいつまでも見えている。……なんて、メルヘンな光景を想像する。
柄じゃないな、と思う。
午後になって雨あがる。
雲間に青空がのぞいて、道路脇の木々が、みずみずしく輝いた。光と湿気が、熱帯の島に来たかのよう。温暖化という言葉が頭をよぎったが、そうではなくて、五月はむかしから夏だったのだ。すかさずコンビニでジュースやらスナックやらを買い込み、公園に車を停めて、夏の気配を満喫する。息子がはしゃいで水たまりのなかを駆け抜け、妻に怒られる。きっとこの先、温暖化したって、夏は無条件にうれしいにちがいない。
