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1月29日

目黒さんのパソコンが下におろされてきました。業者の人が着てインターネット接続をいじっています。
「このコードはどこにつながってるんでしょうか?」
「ええと、どこだっけ浜ちゃん」
「浜本さん、そこの下ですよ」
会社はタイル上のカーペットが敷いてあり、その下にコードが這い巡らされているのです。たまにポコっと出ている部分に引っかかることがあります。松村さんもしょっちゅう引っかかっています。
ときおり、なにか蜘蛛の巣的なものにからめとられているのではないかと心配になります。

1月25日

目黒さんのお引っ越し作業が続いています。今日は棚を動かすことにしました。
ずらっと並んだ本本本、大まかに類別して棚差ししていきます。
「辞書はここ」
「この一段は出版関係ね」
「子どもの歌……どこに入れればいいの!?」
「これは?」
「フーちゃん(山田風太郎)はここ」
山田風太郎は一段まるまる占領しました。
「ああ、もうとにかく入れちゃおう」
「もう少し余裕は持たせられないんですか? あっちは空いてますけど」
杉江さんは首を振りました。
「ここ目黒さんの席のとなりだろ、あの人は隙間があるとすぐ本を入れるから」
なるほど。って、納得しちゃっていいんでしょうか。

綿ほこりにまみれた講談社文芸文庫が大量に発見されました。机の上に並べてみると、ティッシュ箱の入れ物にして、三列五段の計十五箱分が城壁のようにそびえ立ちました。
「壮観ですねえ」
「好きなの持っていっていいよ」
「杉江さんはいいんですか?」
「おれはもう読む本しか持たないんだ」
そう言いながらすでに両手に本を抱えています。全部読むんでしょうか。
「それにしてもほとんど知らない本ばっかだなあ」
「おお! 懐かしいなあ」浜本さんです。「お、花田清輝かあ。ふんふん」
「ここらへんのはだいたい読んでらっしゃるんですか?」
「うん……ん、ん、ん?」
「なにかありましたか?」
「いや……読んだのが二、三冊しかない……」
「……」
「はっはっは!」
笑って去っていきました。
「天野にもメールしてやったら?」
「そうですね、聞いてみます」
十分後、メールが返信されました。
「え! 悪いよそんな~。僕は余ったので充分です。でもそこまで言うなら(注・メールは一度しか送っていません)小沼丹、川崎長太郎、平野謙、フォークナー、小林信彦、野坂昭如、橋川文三、保田与十郎(以下略)あたりかな。済まない気持ちでいっぱいです」
天野さんのを取り分けたあと、ぼくも物色してみました。
「おまえ、こんなに読めるの?」
「え?」
気づくと、わきに十冊以上もとりわけていました。
「伊藤整『日本文学史』……読まないだろ?」
「うーん……飾っときたい、かな?」
「ダメ!」

1月24日

目黒さんのデスクを一階に作ることになりました。
いままで作業用PC(たいてい助っ人が使う)があった席を新たに目黒さんの席にします。パーテーションでほぼまわりを囲ってあります。
その斜め後方にもう一台の作業用PCがありまして、助っ人はそこで打ち込みなどをすることになりそうです。真後ろです。わあ。えらいこっちゃえらいこっちゃ。

いやしかし、考えてみると最近の引っ越し事情からすれば気にすることはないのかもしれません。
ぼくは去年の一月から中野にアパートを借りているのですが、半年以上も前に越してきたお隣さんの顔を知りません。そこはフロなしなので、銭湯通いになるはずなのですが、その限られた時間に出入りしているときも鉢あわせることはありません。通りから部屋までは一本道でその二十メートルほどのあいだで、大家さんとはよく顔を合わせるのですが、そのお隣さんとはいまだにすれ違ったことはないのです。最近になって会社にシャワールームでもあるのかもとも思い始めましたが、しかし依然として不思議なのです。
学校でも同様のことが起こります。中学の同級生が二人、同じキャンパスに通っていたことが先の成人の日に開かれた同窓会で判明しました。二年間まったく気づきませんでした。
また、本池さんと千矢さんは同じ助っ人になって十ヶ月目で初めて顔を合わせました。本屋大賞の授賞式の日でした。
「あ、どうも」
「あ、はじめまして」
まわりはなぜか爆笑していました。

狭い東京で多くの人がうごめいています。偶然会うこともあるけれど、それにしてもいったいみんなどこにいるんだろう?とよく考えるのです。昨日街で見かけた人が、次の日にはいません。その次の日にも、次の日にもいません。忘れた頃に「あ、あの人」見かけます。不思議です。
これは「慣れ」なのでしょうか。人がそこにいることに慣れてしまう。またはいないことに慣れてしまう。たしかにいる/いないはずなのに、そのことに慣れて、見なくなって、覚えていないだけかもしれません。
いまでは浜田さんの奇声も、浜本さんのオペラも、社内のBGMです。同じように、目黒さんがそこにいることにも慣れていくかもしれません。

1月10日

今日はツメツメです。そして先月も書いたことなのですが……

「本のちらしは隔月です!」

何度もすみません。今度の本の雑誌二月号には、本のちらしは挟み込まれておりません。来月、本の雑誌三月号にはなんとかお送りするつもりです。お騒がせして本当に申し訳ありませんでした。そして、

ありがとうございます!
まさかまさか、まさかの大反響であります。先月号発売以来、本のちらしが欲しい!是非読みたい!という熱烈なお便りがフトンが詰まった開かずのふすまをひいた時のように、本の雑誌社になだれ込んできたのであります! 入り口付近にデスクのある藤原さんはまっ先に「たすけ……」消えゆく声とともに呑み込まれ、社員助っ人一同手紙に埋もれ、いまなおその勢いは衰えることを知らず、上階のトトロの森にまでその足を伸ばしているとかいないとか。社内では火の用心を叫んでいます。
それほど、ぼくの予想を超えたお便りの数なのでした。そこに書かれている文章などを読むにつけ、短い文面にもあふれる読者の方々の本の雑誌に対する熱い気持ちに触発され、うきうきと踊りだしたくなり、じっさいに隅っこでこっそり踊り、やったるでえという気持ちになるのです。

これほどまでのお便りをいただけたのもすべてこれ偉大なる方々の現在進行形の功績のおかげです。本の雑誌社の助っ人の名に恥じぬようもっともっと面白いものを作っていきます。お楽しみください。

1月9日

新年あけまして、おめでとうございます。本年もはりきって更新していきたいと思いますのでよろしければまたお付き合いお願いします。

杉江さんに「テレビでやってる大家族の○○さんちの次男に似ている」と言われて今年の助っ人がはじまりました。ぼく自身もドッペルゲンガーらしき人を2人みたことがあるので、探せばもっといるのかもしれません。探してどうするわけでもありませんが。
本日は、酒飲み書店員大賞『ワセダ三畳青春記』(集英社文庫)の著者、高野秀行さんが会社に来るといいます。優しい杉江さんはぼくに言いました。
「ワセダ青春記持ってる? サインもらってきてあげるよ」
「そそ、そんな滅相もない……」
そう言いながらぼくは本を差し出しました。「おねがいします」

午後四時ごろ、高野さんが来たとの知らせが入りました。
「お茶菓子用意!」
「完了です!」
「コーヒー用意!」
「準備完了しました!」
「それではいざ、進めー!」
二階のドアを開けると、表紙裏の書影と同じ高野さんが座っておられました。柔和な表情、まっすぐな視線をしていました。
ぼくは腰をかがめてお皿を配置します。その上にコーヒーを設置。激しい手ブレで危うくカップの中身をぶちまかすところでした。
それが終わると、杉江さんが紹介をしてくださいました。「あの佐伯泰英を全部読んだ……」
「ああ。あれは読みましたよ。面白かったですね」
うわあ。嬉しさのあまり盆を取り落とすところでした。
思い出してみると、知人以外ではじめて読んだといってくれたのが高野さんでした。
ぼくは高野さんの本を読んで、その後にぼくが書いたものを高野さんが読んだ。そう考えるととても刺激的な出来事のような気がします。

高野さんにサインのお礼をして見送りました。これから沖縄にいくそうです。
お皿の片づけをしていると、地下のガレージが開く音がしました。あれ? 浜田さんはまだいたし、浜本さんや藤原さんは出かけてるし、こんな夜中に誰の車だろう? そう思っていると、なにやら話し声がして、杉江さんの声だな、と思っていると、窓の下をさっそうと自転車が通り過ぎました。
あ、高野さんだ。
なんと本の雑誌社まで自転車で来ていたのです。忌野清志郎以外にもそんな人がいるのだな、と驚きました。
まさか、この足で沖縄に……?

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