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11月29日

秋です。秋といえば紅葉と高い空です。
南荻窪図書館に寄った帰り、環八の空気の悪さに耐えきれず、道を外れて五日市海道に入りました。
車線は広々としていました。路上駐車がないおかげです。舗装も完璧で、風景を楽しむ余裕さえでてきます。
木々がほんのり紅葉しています。陽光の下、気持ちの良い風が吹いてきて、ぼくは上着のチャックを下ろしました。学校帰りの子供たちが走っていました。
ゆるやかな上り坂をのぼりきって、ぼくは驚きの声を出しました。空が二倍三倍ほどに広がったからです。薄い白衣をまとった水色でした。
そこは不思議に街路樹がありませんでした。遠くに井の頭線の高架が見えました。家々が眼下に広がっていました。自分が地球の一番高い位置にいるのだと思いました。
この場所から離れるのは惜しくありました。すると道の先に公園が見えました。たくさんの紅葉が綺麗なグラデーションを作っていました。
あっちには川もあるはずだ。ぼくは次なる美景を期待してペダルをひとこぎ、上着の中に風を詰めながら坂を下っていきました。

浜田さんが帰ってきました。それと同時にみかんが送られてきました。
「おおっ、みかんだみかんだ」
皆はその色合いに心を奪われ、みかん箱に殺到しました。たちまち減るみかん。午後六時半現在、半分以上ありません。数えてみましたが、すでに五十は消費されたようです。十人もいない会社でどうやって五十個もみかんがなくなるのか。だれかが妖怪みかん喰いであるにちがいありません。なんじゃそりゃ。

11月22日

先日、一通のハガキが本の雑誌社へ届きました。こんな雑誌が読みたい!特集の投稿ハガキでした。
差出人のお名前はコタリンさん。その文面は
「本の雑誌の付録として本のちらしというものを作ってはいかがなものか」
というものでした。
コレハ!と杉江営業部長が勢いよく立ち上がりました。
あの暇そうな助っ人どもにやらせてみよう。「ようなもの通信」も発行が止まっていたし、この際だから一新したものを作ろう。そう考えたのです。
その意が我ら助っ人らに伝えられてはや一ヶ月余り、現在はまとめの段階に入っています。たった4ページの薄紙ものを作るだけなのに、とても大変です。集団作業というものの難しさを知りました。

「ようなもの通信」同様、本の雑誌定期購読者の皆様に送るつもりです。来月の一月特大号に挟む予定ですので、ぜひご覧下さい。
総指揮は自然とリーダー的な人が担当、ということで鈴木先輩がその荷を担ってくれました。
杉江さん曰く「あいつはモノを作るとなると燃える質だな」
第一回特集はメイド喫茶レポートです。楽しみにお待ち下さい。


浜田さんが夏休みをとることになりました。今週の金曜から来週の火曜までのあいだ、実質三日間です。
助っ人たちは大慌てです。
「わーん、浜田さん行かないでぇ」
母親を追う子犬のようです。
「泣いちゃダメ。しっかりしなさい」
「うん、ママ。ぼくガンバル」
「よおし、いい子いい子」
浜田さんがいなくなると泣きまねをしていた助っ人が
「これでいいかな」
もう一人がうなずいて
「いいんじゃない? ご苦労だったね」
「まあ、いつもお世話になってるしね」

夕方、目黒さんが降りてきました。
「火曜までだっけ?」
浜田さんはなぜか嬉しそうに
「そうなんです。飛行機で帰るんです」
「松山に空港なんかあるの?」
「ひっどーい。ありますよー。あさっての昼の便に乗るんです」
「ふーん、じゃあ金曜の昼には空を見上げよう」
さらり。
その言葉に、端で聞いていたぼくがシビれてしまいました。目黒さん、今度使ってもいいですか?

11月15日

ただいま文庫王国の大詰めです。藤原さんは近所の笹塚の銭湯に通いながら追い込みをかけています。
今日は天野さんと松倉くんの三人。天野さんは昨日秋葉原のメイド喫茶に行ってきたそうです。感想を聞いてみました。
「まあ、ふつうだったよ。ふつう」
あまりにあっさりした回答でしたが、柳田國男を「なかなか」の四文字で片づける人ですからしかたありません(本の雑誌10月号特集参照)。
今日は仕事が多くありました。松倉くんが呉事務所へお使い、天野さんが取り次ぎと和田便、ぼくが市村便と図書館です。
天野さんが「こわいんだよなあ○販」と言っています。大手の取り次ぎさんはビルが異様にでかくて豪華なのです。この人は免許合宿のときも人付き合いが原因で腹痛を起こしていましたし、ナイーブなんだかおおざっぱなんだかよくわからない人です。

早稲田大学の中央図書館は豪華です。階段はあの「ドレス着たお姫様が降りてくる階段」です。踊り場の壁には巨大な絵。しかしいつ見ても同じ絵なので学長が描いた絵なのかも知れません。もしくは大隈卿か。
地下の保存庫というのもまたすばらしい。奥まった暗がりに潜んでいると時を忘れてしまい、一生ここから出たくない気がします。たくさん本はあるし、トイレはきれいだし、あとは食料。司書の人に週に一回運んできてもらって、電気調理器で食事を作る。ときおり訪れる来客には学生たちが置き忘れたメモ用紙のコレクションを見せてもてなす。
そんなことを考えていたせいでもないのでしょうが、用を済ませて出てくると予想の倍の時間が経っていました。ここは時空がねじれているのかもしれません。

夕方、永福図書館に行き、そして市村便に向かう途中、ぽつぽつと空から水が滴ってきました。甲州街道に出た時、ピカッ、空が発狂したように光りました。今日は降水確率0%じゃなかったのか。
小さな雨粒が集まって大きな雨粒に、高空でキンキンに冷やされ半液体半個体の鋭い弾になったそれが何度も何度も地上に落ちてきました。すぐさま鞄からゴミ袋を取り出して荷物を包みました。帽子をかぶって上着を羽織り、完全防備、再出発。
幸い昨日ほどには踏切で待たされることはなく、なんと桜上水駅前では手前20メートルに来たところで踏切が開き、思わず「ひゃあ」と呟いてしまいました。

ぬれそぼった体を見て藤原さんが「傘を買ってもよかったのに」と言いました。すると奥から浜田さんの声がしました。
「いっぺん濡れるともういいや、ってなっちゃうのよね」
降り止まぬ秋雨を眺めながら、そうか浜田さんはもうずぶ濡れなんだ、と妙に納得した夜でした。

11月14日

学校から下宿に戻ると一時十分前。すばやく湯を沸かし冷凍ウドンを投入。ほぐれたところから箸でつまんで三倍濃縮つゆにつけて口へ運んでいく。一口目二口目を口に入れている内に固まっていた部分がほぐれて三口目四口目と口に入れている内に残りもほぐれる。

会社へ着いたのは二分前でした。お茶入れをすすいでポットにお湯を入れ新聞チラシを整理して仕事です。
本日はまず図書館巡り。中野中央図書館にて調べ物をして、次に西落合図書館へ向かう途中、中野通りにてお巡りさんに声を掛けられました。もう何回目かわかりませんが、なにかの参考になるかもしれないので一応記しておきます。
それからあおい書店に行って本を購入。領収書を書いている途中に電話が鳴り、店の人が応答していわく、
「はい、今月中頃です、はい、もうすぐです」
佐伯泰英の新刊のことだろうか。新刊発売前となると読者から問い合わせが来るらしい。キヨスクでちょっと買う、みたいなタイプではないのだなと、佐伯泰英のすごさにまた驚きました。
会社に戻ってひと休憩。
笹塚の紀伊國屋にちょっと出かけたとき、行きつけのスーパーのサミットがシャッターを閉じているのを発見して激しく驚き、まさか閉店? カードのポイントがまだあるのにどうしよう別店舗でも使えるのかななどと懊悩しながら十号通りを通り抜けました。それから市村便と代田図書館へと出かけました。
はじめに市村便を済ませてから代田図書館へ向かいました。図書館を出て携帯を見ると着信がたくさん。藤原さんです。電話してみると、市村便の受けとりがあることが判明、藤原さんは六時に足が出るのではないかと心配していましたが、ぼくは大丈夫です余裕ですと答え、ただちに桜上水へとって返しました。
再度京王線を越えようとしたところ、いつもの道が混んでいました。これでは日が暮れてしまうと、桜上水駅前の踏切に向かいました。こっちはとても大きな(線路の数が多い)踏切だからです。
なんとアホなことでしょう。線路の多い踏切は、それだけたくさんの電車が通るということなのです。しかもあっちからこっちの距離も長く、それだけ長い間踏切をあけていなければならないので、そんなすき間はこのラッシュアワーではごく稀なのです。
それに気づかず踏切に到着、一本、二本、電車を見送りながら、右と左の矢印が消えたり点いたり、両方消えた!と思い前のめりになると、また左が点いてがくっ。
あまりに暇なので藤原さんに踏切捕まりメールを送り、そうしてメールを打っているときに踏切が開いてわあっいまのメール無駄になっちゃったあ!なんてことを期待しても非情な踏切はまるで関係なし。
いっそのこと本でも読んでようかなと思っても、あるのはいま借りた『楊家将 上』だけ。うしろのあらすじを読んで、まだ開かない、本編を数行読んで、まだ開かない。読む気にもならずラーメン屋の看板でも読んでいると、まずい腹が減ってきた。
数時間にも思える十五分の後、踏切は気怠く開き、なんとか脱出することが出来ました。ちょっと後ろを振り返ると人の海、最後列が見えませんでした。

11月9日

オフィス・ラブ。
通俗的な、それでいて甘い響き。ジェリービーンズのような、ブランデーのような。
オフィス・ラブ。
秘密の目配せ、二人だけの暗号、決して燃え盛ることはない大人の火遊び。
オフィス・ラブ。
思いもしなかった。それがボクに訪れるなんて。

きっかけはとりとめのない日常から生まれました。
ボクは作業机に向かって、定期購読者への雑誌包装をしていました。うしろを通りかかったあの人は、突然、ボクの肩をたたきました。ボクはちょっと体を強張らせました。意図するところが読めなかったのです。だからあの人がそのまま無言で通り過ぎていったときは、なんでもないスキンシップだと思っていたのです。
しかし、違和感はそれで終わりませんでした。始終、視線を感じつづけていました。
その真意に気づいたのはつい昨日のことでした。
夕方過ぎ、ボクは残業をしていました。他のバイトの人たちも一緒に作業に取り組んでいました。たくさんの荷物が運び込まれ、狭い中を行き交いしていました。
そのとき、ボクはたまたまあの人のデスクの後ろを通ったのです。そこはアルバイトはめったに通らない道でした。だから、一瞬見逃してしまいました。まさかと思ったのです。
しかしどうしても気になって、振り向きました。振り向いて、あの人のデスクの前にあるボードを見やりました。ボードには一枚の写真が貼られていました。
そこには、たしかに見たことのある風景、部屋、枕、座布団、窓、そしてなにより、横たわって目をつむっているのはボクそのものでした。
胸がどくんと跳ねました。
どうしてこんな写真があるんだろう?
いつからこんな写真を貼っているんだろう?
疑問が次から次へと止まりませんでした。胸に手を当て、あの人を探しました。あの人は向こうでカメラを持ったまま、
「はっけよーい、のこった!」
作業の開始を告げていました。
人々がひとところに熱狂している中、ボクは考えつづけてやがて一つの結論に達しました。その答えしかありませんでした。
けど。
ボクはもう一度振り返りました。そこには別の写真がありました。可愛らしい赤ちゃんの、それはあの人の子供でした。
そう、あの人は子供も、そして奥さんもいる身なのです。
ボクはどうすればいいんでしょう。あの人はきっと、息子さんとボクを見比べてもなんの疑念も抱いてないのでしょう。それにボクの写真を堂々と会社で開陳するという見境のない行動は、もはや末期の状態と言えましょう。これより次の一歩は決定的なものとなってしまうでしょう。
そう、現にあのときのスキンシップは、その発露だったにちがいありません。

唯川恵の『肩ごしの恋人』という恋愛小説は、バイトの少年がふとしたきっかけで主人公の女性社員と一緒に暮らしだすというお話でした。ボクはこれに憧れました。このアルバイトに入るときには、どんな素敵なお姉さまがいるんだろうとわくわくしていました。
現実にはそんなことはないのですけどね。
それがわかってしまったボクは、日々を徒然に過ごしていました。そんな時にこの事態が起こったのです。
かつて見果てたはずの憧れがこんなところに、思いもかけないかたちで現れてくるなんて。まだ動揺して、胸がドキドキしています。ドキドキ。
まだ心の整理がつきません。だから、この日記をあの人に見せてみたいと思います。それでどうなるか。でもこれはすべてボクのホントの気持ちです。

オフィス・ラブ。
舌先で味わう甘美、真昼に交わる熱い吐息、いつまでもくすぶり続ける消し忘れた火遊び。

11月8日 笹塚場所

さあやってきました。ブックカバー相撲、冬場所です。本日はちょうど本誌12月号の搬入日でして、その12月号に秋場所の詳細が載っていますので、ぜひご覧下さい。
今回は社員助っ人入り乱れての文庫ブックカバー王者争奪戦ということで、文庫王国に掲載される予定です。
今回も鈴木先輩が土俵を仕立て、わざわざ前回のものに張り替えをして一新。いわく
「毎場所土俵はかえるものなんだよ」
ということです。先輩の異常な愛情を感じました。
その先輩は今日は助っ人には入っていなかったものの、わざわざ国会から飛んで来てくれました。しかもちょうど徳俵を取り付けようとしていたときで、なんというタイミング。先輩は昭和の探偵のようなコートを着て颯爽と登場したのです。

取り組みが終わり、片す段になってもう一つついでに撮影をすることになりました。
先週杉江さんが佐伯泰英本の写真を撮ろうと言いました。
「じゃあ壁にダーっと貼付けるのはどうでしょう」
「うーん、そうだっ。体に貼付けるってのはどうだ? それでお前がそいつに斬り掛かってるのを撮る」
意味が分かりませんでしたが、面白そうなのでそれに決定しました。それにしても変なことを思いつくものです。
杉江さんはまずカツラ、刀を買ってきました。そして今日はかみしもを買ってきてくれました。
ぼくがそれをトイレで着て出てくると、松倉くんがエラいことになっていました。体中に佐伯文庫のカバーが貼付けられていました。なかなかお目にかかれないその様子はなにかもののあはれを感じさせました。
「松倉くん……ごめんね」
「いえ、楽しいですよ」
楽しいのか。見た目は苦しそうにしか見えませんでした。
松倉くんに貼り終わったら、今度はぼくはカツラをかぶって、むむ、刀を持って、おお、なんだか楽しくなってきたぞ!
そうして即席バカが二人出来上がり撮影は行われました。松倉くんはノリノリ、みんなは大爆笑。
南台のにぎやかな夜は更けていくのでした。

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