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7月26日

いっやー、晴れました! 夏がついに来た、というかんじです。
起床してすぐタオルケットを日光に干しました。昼飯にはそうめんを茹で、しゃきしゃきに冷やしていただきました。ぱたぱたと風になびく干し物が涼しげです。じつに風流です。
取り込んだタオルケットは三十分でもうふかふかでした。しばし「蒲団」(by田山花袋)に耽ってうっとり。自分のなのが不満ではありましたが。

本日のはじめは戸山図書館へ。本のコピーをとってきます。ペダルをこぐ足も快調でとても爽快な気分。お次は予約していた本のコピーを同様にとるため代田図書館へ。しかしここに落とし穴がありました。
カードを忘れたのです。予約の本は予約した人のカードがなければいけないのです(今回は藤原さんの)。気付いたのは図書館の階段を降りていたときでした。なんという地味なヘマでしょう。かなしくなります。
司書の人に泣きついてみましたがきっぱり断られ、戻るときにはあれほど気持ちの良かった日差しが調子に乗るなよと戒め光線を発射していました。

7月25日

先週の土曜日、ついに玄米茶がなくなりました。苦節二カ月、とうとう待ちに待った緑茶が飲めるのです! ああ、マイスウィートグリーンティー! 今お湯を注いであげるからね!
おやつの時間は午後三時お湯はたっぷり準備万端、みなみなさまのコップを集め意気揚々と給湯室、ささっとゆすいで乾かして、今日のデザートはカステーラ、さくさく切り分け皿に盛り、いざ茶を入れんとポットを手に取ります。気分は萩尾望都まんがの主人公、軽やかな足取りの上にメロディーが流れ出ています。
棚にはお茶のパックがパンパンに詰まった袋がみっつ。はなればなれでいた二人の感動の瞬間です。
ひとーつ、「そば緑茶」。ふたーつ、「そば緑茶」。みーっつ、「そば緑茶」。
…………。
あれ? 緑茶は? 緑茶はどこへ? ぼくは必死で棚中を探りました。
しかし希望ははかなく消え、残されたのはパンパンのそば緑茶みっつ。あまりの絶望にぼくはその場に崩れ落ちました。今年の夏はそば緑茶の夏に決まったのです。

備品係さん曰く。
「ああ~、そうそうちょうど玄米茶なくなってたから、買おうかと思ったんだけどね、あったのよ、そば緑茶だけ。まあ少しの辛抱だわね。はっはっは」

7月20日(その2)

三度目のドタキャンともなるとなにかしらの意図を感じずに入られません。いや、感じるべきといいましょうか。

京橋のフィルムセンターというところで古典映画の上映を行っているということで映画好きの天野さんを誘いました。行こうということだったのでそのつもりでいたところ他に用事があったということで、三度ともぼくは一人でいくことに相成ったのです。今日はその三回目でした。
「なんかその、ごめんな」
前売り券を買っていたわけでもないので別段差し支えは生じないわけですが、天野さんは常ならぬ悄気た声でいいました。
いわれたぼくはというと、目が潤んでいました。わけがわかりませんでした。謝られたほうが泣きそうになるなんてなんて理不尽だ、おかしいと思いながら「いや、いっすよ、いやいや」とうつむいていました。

「謝られ恐怖症」とでもいうんでしょうか。下手に出られると虚脱感みたいなものにおおわれて涙が出てくるんです。端から見たら気色悪いことこの上ないでしょうが、自分ではどうしようもありません。
あと芝居臭い所作をしているときも目が潤みます。
この感情に名前を付けた人はいるんでしょうか。ぜひ教えてほしいところです。

七時からの上映だったので、今日は早引けさせてもらいました。
十号坂を上りながら、やっぱり三回連続のドタキャンは映画はあんまり見たくないということなのかでもそれなら最初から断るはずだしもしかして誘い方が強引だったのかなでももう一年もつきあいがあるんだしそんなみずくさい、とぐじぐじ考えて、はたと思いついたのは「天野さんはぼくを嫌っているのではないか」ということでした。
としたらそれはとても陰険なドタキャンなのではないかしかしそれではあまりにひどい仕打ちそんなものを受けるようなことをいつしたのか、それからまたぐじぐじが続き、十号通りの角を曲がったところ、前方に大きく手を振る人影が見えました。その人は笑っていました。
ああこんな衆目の前で恥ずかしいことしてる人がいる関わりあいたくないなあと思いながらも確実にそれは天野さんで、目の前に来るとこちらに手をかざしました。ぼくは苦笑いしながらハイタッチをしました。これは儀式です。
フゥーォー、と雄叫んですれちがった天野さんの後ろ姿をみながら、この人にそんな複雑なことは考えられないなと思い、笹塚駅にすたすたと向かいました。


 

7月20日(その1)

四人いました。
一人は大宅壮一文庫、二人は都立図書館、一人は残るということでした。
大宅壮一文庫には天野さんのたっての希望で決まり、都立へは小野くんと鉄平に行って、と藤原さんはいいかけ、いやでも、とためらいました。
「どうしたんですか? なにか不都合でも?」と聞くと、いやね、と藤原さんは答えました。「小野くんと鉄平をふたりでいかせると帰ってこないかもしれないしなあ」
そういってにやにやと笑いました。すぐにこの前の日記のことをいっているのだとわかりました(ホモネタのことです)。
杉江さんといい藤原さんといい、まったくこの手の話題には食いつきがいい。しかしこういうネタには鮮度というものがあって、藤原さんはそのタイミングを思いっきりはずしていました。十日前の魚を食え、といわれた感じでした。
しかもこういうからかいには不慣れなようで、少し痛々しく見られました。砂糖をかけた魚を食え、といわれた感じでした。
でもせっかく振ってくれたのですから礼儀として返さなければなりません。こっちのまいた種です。
「もう、そのネタは古いですよ」
しまった。つっこみどころを間違えた。ぼくは返しがへたくそなのです。
しかし藤原さんはうふふと笑って「仕方ないなあ、じゃあ二人に行ってもらおうかな」と満足気でした。まあ満足してくれたならいいかなあと、その場をやり過ごしました。

京王線笹塚から新宿、山手線で恵比寿に行ってそこからは歩きです。小野さんとは道中ではやはり同郷というのは話題が合うものか、共有し難いラジオ話などに花を咲かせていました。『D.T.』も読んだということで、また一人D.T.仲間が増えました。
都立図書館では北上さんの書評を新聞雑誌からコピーしてくるというお仕事でした。雑誌や大手新聞などはよかったのですが、スポーツ新聞を調べる段になっていろいろと難がでてきました。
というのもスポーツ新聞の特質上紙面が乱雑なのです。いい悪いは好みの問題でしょうが、調べる分には見にくい見にくい。けれどこれとてたいして面倒でなく、問題は「肌色の多い写真」がたくさん載っていることでした。
これは困る。非常に困ります。
長年の訓練もとい習慣もとい本能(これもどうかとおもいますが)によって目がそっちのほうへ吸い寄せられてしまうのです。自分でも感心してしまうほどの吸引力。実に優秀なおめめくんなのですが、この場に限り邪魔です。かといって嗅覚で北上さんの記事を探すこともできず、必死に本能と格闘することになりました。

帰り道、麻布十番駅に出るために元麻布を通過しました。
ここいらは大使館などが多く、ピカピカの教会やイスラム風建築が年代物のあばらやのとなりにドデンと建っているのを見て千葉出身のふたりしてスゲースゲーと小学生のごとく驚き、これがほんとのエキッゾチックタウンだ!などと地域ネタで盛り上がっていました。
麻布十番から大江戸線で中野坂上、そこから丸ノ内線で方南町へ乗り継いでいきました。
「そういえばさっきの調べもん、(肌色が目について)むずかしかったっすねえ」
「そうですねえ」
おお、やっぱり小野さんも共感してくれた……かに見えましたが、
「でも昔の記事なんか見ていて興味深いですよねえ。いまからみるとまったく違う印象っていうか、おもしろいですよね」
小野さんはD.T.ではないかもしれないと、密かに思いました。


 

7月18日

陰気くさい日々が続いていますが、みなさんいかがお過ごしですか? おもては雨がしとしとと。来週まで降り続くようです。
暦をみるともうすぐ八月です。そんなバナナ。死んだはずだよお梅雨さん、とでもいったところでしょうか。ぜんたいどこにそんな力を残してたのか不思議でなりません。たぶんいままでコツコツ貯金してたんでしょう。どこまでいっても陰気なやつです。

さてさてお久しぶりの助っ人。前期授業が終了してあとはテストを二つ残すのみです。八割がた解放されかかっています。まずいです。
市村便、自転車で行きます。すると雨がポツッポツっとしはじめて急ごうにも、しかし信号は赤。赤赤赤、ことごとく赤。
ぜったいグルだぜったいグルだぜったいグルだ。ぶつぶつ呟きつつペダルをこぎました。非生物に意思を見いだすほど被害妄想は進んでいます。はやいとこ晴れの日々が訪れることを願うのみです。
帰って今度は近所の図書館へ。またもや出るときは止んでいた雨が、しばらく進むとリスタート。すばやく方南図書館へもぐりこみます。
自動ドアが開くと図書館員のかたに挨拶されました。こっちをしっかり認識してからのご挨拶でした。もはや面は割れているようです。他人のカードで借りるとかはもうできないでしょう。
加えて美人だったので(藤原の旦那、方南図書館の火曜午後シフトでっせ)どぎまぎして焦ってしまいました。別に悪いことはしなくても焦る、D.T.を深く自認してしまいました。


 

7月11日

「お前は当たりはずれがはげしいな。アベレージが低い」
汗だくでオフィス(おお、なんと新鮮な響き!)に入って最初にかけられた言葉が杉江さんのこれでした。
「手を抜いている時があからさまだ。お前は文章で読ませるんだから手を抜いちゃいかん」
大先輩のこのようなご指導はしばしば受けます。この日記の一番身近な読者、いや、一番口数の多い読者といえましょう。じつにありがたいことです。
「ということは内容がないってことですか?」
「うん。まだまだお前には負けないよ~」
はっきりしてるところもありがたいです。最後のひと言は余計だと思いますが。

しかしそれはともかく、新人つぶしはイカンのではないでしょうか。というのも今回の炎の営業日誌のあのネタです。
「いっやー、やっちゃったね、だしちゃったね」
「だしちゃったね、じゃありませんよ。脱糞なんて反則ですよ」
「でも会社の品位を考えたらぎりぎりだよ」
「いえ、ぶっちぎってます」
捨て身の最終兵器を出されて、こっちはなにを書いてもつまらなく思えてしまいます。水準が脱糞ひとつでグンと上がってしまったのです。
「いや、一つだけ手段が残されている」
「なんですか?」
「小野くんとの関係をカミングアウトしろ。ホモキャラでいけ」
………。
………………。
その手があったかぁ!

いえいえいえいえ、嘘です嘘ですジョークです。ぼくはヘテロですよ。
「そーんなこといって。吐いちゃえよ、ほらほら」
杉江さんはあくまでその線で攻めるつもりです。こうなったら話は通じません。
けれど、この営業マンは広いネットワークとメディアをもっています。さらに話術にも長けている。危険です。このままではますますD.T.濃度が高くなってしまうじゃありませんか。
そうです、きっちり誤解のないよういっておきましょう。ぼくはヘテロです。好きな女優は石田ゆり子とキャリスター・フロックハートで、現在彼女はいません。え? そんなこと聞いてない?

本日は自転車で図書館回りです。表では太陽さんが頑張っています。
出かける際、藤原さんにこう言われました。
「きれいな図書館員の人がいたらあとで教えてね」

7月10日

明け方、ジダンの頭突きにショックを受け興奮のままついにねむれず、みうらじゅん・伊集院光『D.T.』を読んで時間を過ごしました。
これは何の本かというと童貞の本です。正確にいうのなら童貞・喪失に限らず持たれる童貞の精神を「D.T.」とよび、そのすばらしさを大いに語り合う本です。
ではなぜぼくがこの本を読んでいるのかというと、今春卒業した元助っ人の立野さんに激しく勧められたからであります。
「おまえにはぜったい面白い。いや、これはお前自身だ!」
力強く宣言されたがわとしては読まないわけにはいきません。
で、読んでみました。
午前六時中野区南台のアパートから下水管の詰まる音のようなものが響きました。
押さえようとも押さえきれぬぼくの笑い声でした。その目にはうっすらと感動の涙もにじんでいます。
ああ、立野さんありがとう! 忘れかけていたD.T.の魂がいまむくむくと目覚めはじめました。大切なものを思い出しました。
ぜひこの感動を鈴木先輩や天野さんに伝えたいと思い、何枚も付箋を貼った『D.T.』を手に持って(図書館の本なんですが)、十時に会社へ赴きました。

しかし本日は天野さんも皆勤賞の鈴木先輩はおらず、小野くんと二人でツメツメをすることとなりました。特大号なのでいつもよりも袋に入れにくく、本にはなにか糊のカタマリがひっついていたり(それは除外します)、郵送袋に住所シールが貼ってなかったり(これはハリハリのお仕事です)、あっというまにお昼になりました。
お近づきの印に小野くんを昼食にお誘いし、蒸し暑い下宿でぼくは入室早々パンツを脱ぎ小野くんは一瞬たじろぎ、まあまあまあなんてやりながら話題探し、そういえばこの前初めて読んだ本、カフカの『変身』が面白かったなと毒虫談義に花咲かせ納豆スパゲッティーをずるずるとすすり、気がつくともう一時過ぎ、走って会社へ戻りました。納豆も戻りそうになりました。
午後に杉江さんが私服で出勤しました。ポロシャツ短パンその恰好はいまにも網を持って野を駆けだしそうな一抹の不安をかき立てました。
予想以上に早くツメツメ終了、と思ったらちょうど郵便局の車が来たところでギリギリセーフだったと判明。社員総出でえっちらおっちらどうにか無事に搬出をすませて今月も無事に本の雑誌は読者の皆様の手に届くのでありました。

7月4日

たとえば高校の入学式の日、はじめての学校ではじめての友達を作ろうと声をかけたとき。
「やあ」
「やあ」
ここまではオッケーであります。しかししばし話してのち。
「名前なんていうの?」
「佐藤。佐藤宏志」
「ああ、佐藤……くんね」
ぼくはここでかならず「くん」をつけてしまう人間であります。そうしてそれ以降「くん」を外すことはできず、機会を逸しつづけて卒業を迎える人間であります。高校時代なぞは自分を呼ぶのも「おれ」だったか「ぼく」だったか思い出せません。
こういうのはみんないったいどうやってるのと、ほんとうに不思議に思います。

最近は自称も「ぼく」で安定してきて、そこそこの敬語でうまく立ち回ってきたところに、あらたに問題がでてきました。
おつかいから帰ってきたときの「ただいまもどりましたー」をどのタイミングで「ただいまー」にかえるかをずっと悩んでいるのです。
一気には抵抗があるので、「もどりましたー」を使うことにより徐々に移行しようと努力中なのですが、それほど距離が縮まったとは思えず、「もどりましたー」から「ただいまー」のあいだにさらになにを入れるのか考案中です。
あとは小野さんをいつ小野くんにかえるかも悩みどころで、年上なんだからいっそのこと小野さんのままでいいかなとも思いますが、そうすると今度は同い年の人たちが。
高校での対人交流の過ちを繰り返さないように、はじめっからできるだけフレンドリー、スキンシップ、若人の語らいを演出しようとするもしかし慣れぬことはするものでなく、橋本くん松倉くんとは会う機会も多いもののどうも避けられている様子、こちらの名前は名字でさんづけで呼ばれています。しまったファーストコンタクトに失敗したあと気づいた時すでに遅し、ふたりは鈴木先輩天野さんの巧みな話術に誘われ親交を深め、横目にぼくはひとり隅でペコちゃんキャンディーをなめていました。帰りみち野良猫にすり寄られて泣きそうになりました。

7月3日

この春入った助っ人・小野さんはドストエフスキーを偏愛している千葉出身の男の子です。ちなみにぼくも千葉出身で、森見登美彦や町田康を同好とするところからも、同種の人間のにおいをかんじています。

午後五時、夕日のやわらかい光が脳みそをやわらかくするころ、小野さんがたのまれた仕事を終えて、できたものを渡しに立ちました。
「おわりました」
どうぞ。受け取った浜田さんは明朗に感謝の意をのべました。
「ありがとう」
小野さんはあ、いえどうもと曖昧に返しました。ちょっと言葉に困ったのが伝わりました。こういうときの返事の仕方はぼくもよくわかりません。何遍やってもなんだか曖昧になってしまいます。
小野さんは返事をしてもといた場所にもどろうと右向け右、一歩目を踏み出したとき突然うしろから声、歌うような浜田さんの声が響いてきました。
「あ~りがあ~とお~」
二段構えだった!
小野さんこれには困った。いまので難解な応答を完結したつもりでいたのに、相手はまだコミュニケーションは続行されてるものと判断、付け加えたもう一言に完全に不意をつかれたのです。
いや別段この放吟には応じなくてもかまわない、無視してくれていいつもりなのかもしれない、けれどつらい立場は小野さんです。無視していいのかわからない。こういう非常事態にどう反応するかはまったく心得ておらず、そりゃそうです入って二ヶ月も経っていない、その中で浜田さんの大暴投の対処の仕方などわかるはずがない。ここで果たして無視してしまっていいものだろうか、けれどこの「あ~りがあ~とお~」は明らかに自分に向けられたもの、やはり礼儀上は返事をせねば、しかしいったいなんて言えばいい? 体勢だってむずかしい、ほぼ背中を向けている、ということはわざわざ180°回転してこれに答えねばならず、回るのはいいが180°も回ったからには一言ではすまない、文章はしゃべらねば不自然だ。でも、ここでなにが言えようか。「いい声っすね!」か? それともいっそ歌い返すか? だめだ。ああ、頭がおかしくなりそうだ……

そう考えていたかどうかわかりません。ただ、突如の放吟に半身振り返りしかしさらなる混沌を恐れまともに歌い手を見ることはできず、せわしなく周りを見回し動揺し、蜂の巣から逃げるように背中をこごめてそそくさと席に戻った小野さんがかわいそうでした。

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