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第9回

 どこのうちにも、「何はなくてもこれだけは切らさない」というものがある、と思う。
 お醤油とか味噌とか塩とか卵、といった基本的な調味料とか食材じゃなくて、よそのうちなら、なきゃないで済ませられるのに、そのうちにとっては、それがないと一大事、みたいなもののことだ。
 私は、アジア系の料理が好きで、家でもよく作るので、ナンプラーやらスイートチリソースやら沙茶醤やらコチュジャンやら、といった、その手の調味料は結構揃えている。でも、もしたまたまそれらのストックが切れても、その場でわざわざ買いに走るほど、ではない。何か別のもので代用してしまう。
 唐辛子も好きなので、韓国産の唐辛子(細挽、中挽、粗挽の三種類)の他に、国産の京七味、沖縄産のコーレーグース(沖縄の島唐辛子を泡盛に漬け込んだもの)、冷凍保存してあるタイのプリッキーヌー(青くて小さくて強烈に辛い唐辛子)、と用途別に揃えているけれど、これだって、細挽が切れてたら中挽で代用するし、コーレーグースがなくなってたからといって、ゴーヤーチャンプルを作るのを止めたりはしない。
 私の言う、「これだけは切らさない」もの、というのは、大げさに言えば、それがなければ不安になってしまうくらいのもの、のことだ。
 例えば、私の知り合いの家には、常に「白醤油」がストックされているのだけど、それは、その「白醤油」がないと料理ができない! というくらい、彼女が「白醤油」に惚れ込んでいるからだ。
 彼女はそのために、地方にあるお醤油メーカーから、半ダースづつ取り寄せているほどである。
 別の知り合いは、讃岐ウドンの本場、香川県の出身なのだけど、彼女は生麺であれ、乾麺であれ、東京でウドンは買ったことがない。
 実家から定期的にまとめて送ってもらっているのだ。
「蕎麦ならまだなぁ、食べられるんやけど、ウドンはだめ。もう、ぜんっぜん違うんよ」
 彼女にとって、讃岐ウドンのストックがなくなるなんてことは、考えられないこと、だそうだ。
 6Pチーズが、常に冷蔵庫に入ってないと落ち着かない、という友人もいる。
 ちょっと小腹が空いた時に口にするのに丁度いいし、夜、寝る前に一杯だけワインを飲む時につまむのにもいいのだそうだ。
「セールの時に、まとめて買っておくんだけどさ、残りが1個か2個になると不安になって買い足しておくのよ」
 魚肉ソーセージだけは切らすな、と、ダンナから指令が出ている友人もいたなぁ。
 お豆腐! 何がなくともお豆腐だけは必ずある! という、お豆腐好きな一家も知ってるぞ。
 そういう、「我が家のこれだけは!」みたいなマストアイテムを見たり聞いたりするのが、私は楽しい。
 美味しいもの好きで、自他共に認めるグルメな男性が、”それがないとご飯が食べられない”というのが、ごくごく普通のスーパーで売られている「ごま塩」だったりすると、何だかそれだけで親近感を覚えてしまう。

 我が家の「これだけは切らさない」もの、は、長ネギ、である。
 産地とか無農薬とかには、全然こだわらない。
 長ネギ、でさえあればいいのだ。
 1年を通して、大体3本200円くらい、が相場でしょうか。それより高くても、それより安くても、私的には何となく腑に落ちない。
 買ってきた長ネギは、一番上の青い部分のヘタっているところだけ取って、半分に切ったのを、野菜専用の保存袋に入れて、冷蔵庫の野菜室へ。
 泥付きのは、新聞紙でぐるぐるくるんで野菜室に入れておけばいいんだけど、こっちのスーパーだと、泥付きの長ネギはあまり売られていないのと、それだと使う時に面倒なので、うちでは予め半分に切っているのだ。
 半分に切るのは、他にも理由があって、うちの場合、納豆はみじんにした刻みネギを混ぜ合わせて食べるのだけど、その場合、納豆ひとパック(80g)に長ネギ半分、というのが、我が家的にベストな配分だから、である。
 納豆を食べているんだか、ネギを食べているんだか分からないくらいの配分なんだけど、ね。
 オムレツにしても、玉ねぎよりも長ネギを使うことの方が多いかも。スクランブルエッグにも、刻んだ長ネギを、火を止める寸前に散らしたりするし。
 冷奴には、絶対長ネギだ。
 かつぶしやショウガ、ミョウガはなくても我慢できるけれど、長ネギがのっていない冷奴には、我慢がならないんである(あ、高級なお豆腐、は別です。その場合は、粗塩で食べます)。
 長ネギ1本あれば、それだけで酒のつまみが数品できる。
 青い部分はみじんに刻んで、叩いた梅干と和えて梅叩きに。白い部分は白髪ネギにして刻んだザーサイと混ぜて、その上からラー油をひとたらしすれば結構なつまみになる(ザーサイがなければ、白髪ネギだけでもOK!)。ぶつ切りにして、軽く焼いて、ぱらりと塩をふったり、味噌をつけて田楽にしたり。
 あぁ、書いてるだけで、きりっと冷えた日本酒が飲みたくなってきちゃうなぁ。長ネギは、つまみの万能選手なのだ。
 そんなわけで、我が家では、卵が切れてることはあっても、牛乳が切れてることはあっても、長ネギが切れてることだけはないのだが、ある溶き、その長ネギが、長期に渡って切れたことがあった。
 ダンナの仕事がず~~~~っと決まらないでいた時期のことだ。
 双方の実家から、お米やら味噌やら魚やらといった「援助物資」が届いていたので、さすがに「飢える」というような状態ではなかったのだけど、3本200円、という金額に躊躇せざるを得ないような状態、ではあったのだ。
 そんな状態が何カ月か続くと、さすがに心が荒んでくる。八百屋さんの前を通る時、目が長ネギに吸い寄せられているのが、自分でも分かったくらいだ。
 そんな時、ふとしたことからダンナと言い合いになった。
 綿々と不満を訴えていた私の口から最後に出た言葉、が、「もうどれくらい長ネギ食べてないと思ってるのっ!」
 言った後、あららっ、と思う間もなく涙が出てきて、ダンナとの喧嘩より何より、そんなにも長ネギに執着していた自分が可笑しくなって、泣きながら笑ってしまった。
 ダンナは、目の前で突然泣き笑いを始めた私を、あっけにとられて見ていた。
 喧嘩はそこで終りになった。

 たかが長ネギ、されど長ネギ。冷蔵庫に長ネギがあると、それだけで嬉しい私なのである。


食いしん坊レシピ その9 「ほうれん草の磯辺合え」

1 ほうれん草は茹でて、ざくざくに切る
2 お醤油味をやや濃いめにした出汁を作る
3 2に切ったほうれん草を入れて、お浸しにする
4 3に千切った焼き海苔(ほうれん草1把に焼き海苔3枚くらい)を入れて、ほうれん草に海苔をからめて出来上がり

* 野菜嫌いな子供でも、これなら海苔の味でぱくぱく食べます(←うちの小僧で実証済み)。焼き海苔を沢山入れるのがポイント。ビールのつまみにもグゥ!

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