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第8回

「結婚するならこんな人」みたいな条件、というのは、男女問わず、誰にでもある、と思う。
 条件、というのとは、ちょっと違うか。
 自分なりの譲れない基準、みたいなもののことなんだけど。
 例えば、優しさだとか、誠実さだとか、とにかく、他のことは多少なりとも目をつぶるとしても、これだけは充たして欲しいこと、ってあると思うのだ。
 実際に結婚してみて、私が思ったのは、優しさとか、そういう目に見えない人間性ってのはもちろんすごく大事なことだけど、目に見えることだって、負けず劣らず、いや、ひょっとしたら目に見えないことよりも、大事だよ、ということなのだ。
 目に見える大事なこと、というのは、例えば新聞の読み方。
 今でこそ、我が家では、朝刊は私が先に読むことが、不文律になっているが、それまではしょっちゅう、どちらが先に新聞を読むか、でもめていた。
 何故か、といえば、ダンナが読んだ後の新聞というのは、私からすると、「陵辱後」とでも形容したいくらい、ぐちゃぐちゃのシワシワのぶわぶわ、になっているから、である。
 ダンナの「使用前」と「使用後」では、新聞の「かさ」が違うほど、なのだ。
 そんな新聞の形状を見ただけで、私はもう、その新聞を読む気が失せてしまう。
 何度注意しても、どれだけ言っても、ダンナのこの新聞の読み方は変わらない。「新聞なんてどう読んだっていい」というのがダンナの主張で、その主張を聞くたびに、「くそっ、新聞だからって、その態度は何だよ」という想いと「新聞だから、許すけど、これが私の本だったら、後生一生許さないからね「という想いで、私は一人で、鼻から煙が出そうなくらいの勢いで、ぷんすかしてしまうのである。
 普段は、物を手荒く扱うことのないダンナだけに、この新聞に対する「落花狼藉」(としか、私には思えない)は、何とも理解できないのだけど、こればっかりは一向に改まる気配すら、ない。せめてもの妥協案というか、私的な対抗策、が、ダンナより先に新聞を読むこと、なのだ。
 あぁ、いけない、「我が家の新聞問題」を語り始めると長くなってしまう。
 私が言いたい、目に見える大事なこと、というのは、「食生活」について、である。
 よく、「口がいっしょ」とか言うじゃないですか。
 要するに、食べ物の嗜好が似通っている、ということなのだけど、これって、すごく大事なことだ、と私は思うのだ。
 三度三度のご飯を作るのって、作る側のコンディションによっては、大儀になることもある。
 これは、実際に三度三度ご飯を作る生活を続けてみると分かると思うのだけど、時には手を抜きたいこともあるし、あぁ、もう、献立考えるのもヤ! になることもあるのである。
 そんな時には、無理せずに、「単品勝負!」に出ることが私は多いのだけど(野菜大盛り焼きウドン、とか、後は親子丼とかカツ丼とか、丼ものがメイン)、その時に、「肉がだめ」だの「玉ねぎが食えない」だのと、横から「縛り」が入ったら、多分、私なんかは、それだけでげんなりしてしまうと思う。
 ただでさえ、大儀な気持を奮い立たせて台所に立っているのに、えぇいっ! じゃぁ、自分で作りやがれ! とケツまくってしまうと思う。
 まぁ、肉がだめ、野菜がだめ、とまではいかないにしても、もっと細かい好み、鶏肉はいいけど豚肉が食べられない、とか、野菜は好きだけど、香りのきついものは苦手、とか、その手の嗜好の違い、は結構ある、と思うのだ。
 そんなの、大したことないじゃん、と思うかもしれない。
 好きになった人が、たまたま自分の大好きな三つ葉が食べられないから、という理由で、別れたりはしない、と思う。春菊が理由で別れました、とか、香菜が理由で別れました、なんてカップルはいないだろう。
 相手が嫌いな素材は使わなきゃいいじゃん、と思うかもしれない。
 でも、相手が嫌いな素材が、自分が大好きな素材だとしたら、どうする?
 相手の分だけ別に作ればいいじゃん、と思うかもしれない。
 でも、別に作るだけの、経済的な余裕も時間的な余裕もなかったら、どうする?
 あ、すんません。経済的な余裕、時間的な余裕、云々は、あくまでも我が家、の場合です。
 相手の分だけ別に作る、というのは、確かに有効的(友好的、か?)な解決策ではあるのだけど、中には、その素材の匂いをかいだだけでもだめ、という場合もあるじゃないですか。
 そうなると、どうなるか? 
 そういう素材は、食卓から駆逐されてしまうのである。食卓から、というか、その家から。
 知り合いに、納豆が全くだめ、匂いをかいだだけでもだめ、冷蔵庫に入っているのもだめ、というダンナさんのいる人がいて、彼女は結婚してから、納豆を買わなくなった、という。
 ここまでの納豆嫌い、というのは極端かもしれないけれど、セロリとか、匂いの強い野菜は、あるだけでもだめ、という人は割と多かったりする。
 もちろん、そんな嗜好の違い、なんて、ささいなことで、取るに足らないこと、なのかもしれない。
 それよりも、大事なのは、愛でしょ、愛! という意見だって、それはそれで正しい。
 でも、食べることって、大事なことだから、さ。
 できれば、食生活の嗜好、は似通っていたほうが、お互いが楽だと思うのだ。
 楽な方が、長続きする、と思うのだ。
 というよりも、多分、私は納豆の匂いだけでもだめだ、という男とは一緒に暮らせないだろうし、毎朝セロリを食べなきゃだめだ、という男(そんな男は、いない、か)とも一緒に暮らせない、と思う(セロリ、嫌いじゃないんだけど、朝からあの匂いは嗅ぎたくないんである)。
 あ、でも、もし、ジャン・レノが私のダンナなら、それもアリかもしれないが、そういうことは想像するだけ虚しいので、やめ。
 えーと、何が言いたかったんだっけ。
 結婚する相手は、できるなら「口がいっしょ」な人がいいよ、それがファースト・プライオリティ、なんてことはないけど、でも、ベスト5くらいのプライオリティには入れておいたほうがいいよ、って、そのことを言いたかったのでした。

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