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第3回

 塩シャケ、である。
 はい、あの、赤みの切り身の、甘口から辛口まで揃ってる、あの塩シャケである。年末なんか一匹まんまで、魚屋さんの店頭につり下げられてるやつ。
 私は、上京するまで、食卓における塩シャケの地位がこんなに高いものだとは、思ってもいなかった。
 きっかけは、学生時代、いつものように飲み明かして、うちに泊まったMちゃんとの朝ご飯の時だ。
「ごめん、冷蔵庫にシャケくらいしかないよ~。何か買って来るね」と言った私に、Mちゃんが言ったのだ。
「え、何で? シャケさえあれば充分じゃん。卵はある?」
「卵はある」
「なら、それでいいよ、充分」
 私はてっきりMちゃんが遠慮しぃで言ってくれてるのかと思って、「え、いいよいいよ、コンビニ、すぐそこだし、何か買って来るよ」と言ったのだが、Mちゃんは、シャケで充分、と譲らない。
「だって、シャケ、だよ」
「シャケでしょ!」
 というわけで、朝ご飯は、塩シャケの焼いたのと目玉焼きと焼き海苔、という、私的には、もひとつパッとしないメニューになったのである。
「何か、ごめんね。パッとしなくて」
「何が? すごい豪華じゃん」
「豪華? これがぁ?」
「これが!」
 ここに来て、私もようやくMちゃんが、遠慮しぃでそう言ってくれてるのではなくて、本当にそう思っているのだ、と分かって来た。
 でもさ、しつこいようだけど、塩シャケだよ、塩シャケ、と、尚も言い募る私にMちゃんは、「私、ご飯に塩シャケがあれば、他におかずはいらないよ。そんだけでご飯いけちゃうもん」と言った。
 塩シャケがあれば他のおかずはいらない。
 何か、ちょっとしたカルチャーショック、というと大げさに過ぎるかもしれないけれど、その時の私には、Mちゃんの発言は、コペ転的な衝撃だった。
 まぁ、Mちゃんが、魚の中でもとりわけシャケが好きだ、という事情があったにせよ(その時に知ったのだ)、それにしても、シャケだよ、シャケ。
 この時のことがあってから、私は機会あるごとに、「朝ご飯のおかずに焼いたシャケがあれば、他におかずはいらない、っていうのはアリなのか?」と、友人知人に尋ねてもみたのだが、その答えは概ね「アリ」だった。中には、「そんなの当然じゃん。塩シャケとおしんこで、ご飯3杯はいけるね」と言い放った人(ちなみに江戸っ子の男性)もいた。
 そうだったのか。
 塩シャケなんて、私が育った青森では、他にめぼしいおかずが何にもない日曜の朝に、「じゃ、(しょうがないから)シャケでも焼くか」ぐらいのもんでしかなかったのである。
「シャケしかないけど、いい?」程度のものだったのである。
「シャケしかないけど、いい?」と聞かれると、思いきり「えぇ~~~っ」と不満げにぶーたれてるくらいのものだったのである。
 そのことを話すと、「そんな贅沢な」とか、「そんなこと言ったらバチが当たるよ」とか、言われたけど、これは私だけがそうなのではなく、青森に生まれ育った人間の、ごく当たり前の感覚だと思う。あ、北海道もそうだ、と思うなぁ。
 そんな、塩シャケを見下すような、どんなすごい魚を食ってたのか、と聞かれると困るのだけど、いや、本当、塩シャケというのは、あって当たり前の魚、というか、少なくとも有り難みのある魚、では全然なかったんである。
 父が海釣りをすることもあり、私の中での有り難みランキングは、父の釣果、がベストワン。夏場はカレイとか、冬なら黒ソイとか。前日釣って来た魚のワタをとり、ひと塩して一晩おいたのを翌朝焼いて食べるのだ。
 その次に好きだったのが、タラの腹身。生のマダラの腹身をぶつ切りにして、粗塩をふっておいたのを、翌朝焼いたのとか、他にもタラの味噌漬けとか。あ、ホッケの醤油漬けも好きだったなぁ。
 後は、何を食べてたんだっけ。
 とにかく、魚、といえば、丸ごとにしろ切り身にしろ、生を焼いて食べる、というのがごくごく普通のことだったのだ。干物か漬けたもの、といえば、ニシンかホッケ。父の釣って来たカレイを一夜干しにすることもたまにあったっけ。
 そこに、スジコかタラコがあって、お漬物があって、おひたしとおみおつけ、というのが、普通の朝ご飯のパターン。今思えば、ずいぶん塩分過剰なような気もするけれど。
 シャケで有り難みが増すのは、せいぜい粕漬けにしたシャケくらいで、この粕漬けのシャケ、は気分的には、ちょっと「ハレ」な感じだった。
 とはいえ、だからといって、私はシャケが嫌いなわけではない。普段着な感じだけど、ないと物足りない感じ、な魚である。
 幸い、ダンナの実家が北海道で、一年を通して定期的にシャケを送ってくれるので、我が家の冷凍庫には、常にシャケの切り身がストックされている。
 この、常にある、という感じ、これこそが、私にとってのシャケなのだ。

 シャケといえば、ちょっとお行儀の悪い食べ方なんだけど、やめられなくて、今でも時々やっている食べ方がある。
 切り身でいうなら、身のほうじゃなくって、腹身に近いほうの部分。そう、塩気のきついところ。どんなに甘塩のシャケでも、あの部分ってしょっぱいでしょう。で、その部分だけ残して、お湯をかけて食べる、というのが、それ。
 そこに、ちょこっとひと口分くらいか、もう少しご飯を入れてお茶漬けのようにして食べるのだ。
 シャケの塩気で、ちょうどいい塩梅になって、これがなかなか美味しいのだ。甘口よりも、塩気のきつめのシャケのほうが、いけます。ただし、あまりにも塩気がきつ過ぎると、胸やけしますので、ご注意!
 軽い二日酔いの時なんか、時々無性にこれが食べたくなるんだけど、このためだけにシャケを焼く、ってのが何だかなぁ、で我慢してしまう。
 今度、やってみようかな。

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