第14回
世の中には、「不味フェチ」という人種がいる、と思う。
いや、当人には、そういう自覚はないと思うのだけど、はたで聞いてると、どうやってもそれは、「飛んで火に入る夏の虫状態」というか、「不味さのオーラ」にすうっと魅きつけられている、としか思えないのだ。
彼らは一様に、その不味さに憤慨する。
憤慨はするのだが、激怒はしていない。その証拠に、自分の体験した「不味さ」を語る時の顔が、「えぇいっ、思い出しても腹が立つっ!」というような表情ではなくて、「いやぁ、もう、参っちゃったよ」という表情になっていることからも分かる。
表情だけではない。「不味かった体験」を語る彼らの口調は、誇らしげでさえ、ある!
店構えのただならなさの描写から始まり、いざ店に入った時の感じ、注文までの過程、店側の対応、実際に料理が運ばれてきた時の印象。最大のヤマ場は、もちろん、その「味」である。
実は、この「味」を語る時こそ、彼らが最も愉しそうな時だ。ありとあらゆる言葉を駆使して、いかにその食べ物が不味かったか、を語る時、心なしか、彼らの目は生き生きとしているようにさえ思える。
店構えからしてただならないのなら、そんな店には入らなければいいのに、と私なんかは思うのだけど、「不味フェチ」の彼らにとっては、どうもそうではないらしい。
何ていうのだろう。「不味いんだろうなぁ」と思って入った店が、予想通りに不味いことに、ある種の安心感を得るようなのだ。でもって、「ちっ、やっぱり不味かったか」と思うことで、納得するらしいのである。
私は、不味いものを提供しておいて、あまつさえお金をとる、というそのあり方は、食べ物屋さんとして、真っ当ではない、と思っているので、そんな店には近づかないし、ついうっかり入ってしまう、なんてこともない(ちなみに、この「ついうっかり入ってしまう」というのも、「不味フェチ」に共通していることのような気がする)。
と、こう書いてしまうと、私が、「反・不味フェチ」みたいに聞こえるかもしれないけれど、そうではない。私自身は、「不味いフェチ」ではないし、なれないと思うのだけど、不味フェチ話を聞くのは、嫌いではない。
げ~、ひっど~い。何、それ? 行くなよ、そんな店~、ぐぇ~っ、などと茶々を入れつつ、彼らのチャレンジャーぶりに、感動すらおぼえることがある。
何よりも、彼らの話は、「笑える」のだ。不味さ、というのは、突き抜けてしまえば、それはもう、ある種の芸のようなものかもしれない、と思う。
「笑える」ということでいえば、「本の雑誌」9月号で、鏡明さんが、こう書いている。
「食うについての私の基準は、二つあって、うまいか、面白いか、このどちらかであれば、満足。(中略)でも、こうしてみると、私にとっての「まずい」というのは、「面白い」ということに含まれているのかもしれない」
うまいか、面白いか、この二つが基準だ、という鏡さんは、私から言わせると、立派な「不味フェチ」である。しかも、かなりの、上級「不味フェチ」だ。
数年前に、鏡さんとお会いした時に、鏡さんが体験した「とんでも料理」の話を聞いたことがあるのだが、それはそれは、凄かった。
あるレストラン(日本にあらず)で、「海老チリ」をオーダーした時のこと。出て来たのは、見た目には普通の「海老チリ」。だが、ひと口食べたら、それは「海老チリ」とは、似て非なるもの、というか、全然別の食べ物だった。何たって、チリソーズであるはずの赤いソースの部分が、「ジャム」だった、というんである! そのインパクトたるや、想像するだに凄まじい。
「もう、笑うしかないよね」と鏡さん。
私は思わず、「それはいい経験をしましたね」と言ってしまった。
「そう思うよね。っていうか、そうとしか思えないよな」鏡さんは笑って言った。
海老チリが甘い! これはもう、ひどいを通り越して可笑しい。可笑しいを通り越して、何やら得難い経験であるとさえ思えてしまう。そんなものに出会ってしまうなんて、それはいっそのこと、ラッキーである。そんなふうに思えてしまう鏡さんは、やっぱり、「不味フェチ」上級者だと思う。
「不味フェチ」に限らず、不味いもの、に関する話は、不思議と盛り上がる。こんなに美味しいものを食べたよ、という話だって、それなりに愉しいけど、あれは不味かったよなぁ、という話の方が、より愉しい。特に、それが、ある特定の世代に共通の「不味体験」だったりすると、話は尽きない。
1961年生まれの私の世代で言うと、その一つが「脱脂粉乳」である。
「脱脂粉乳」体験があるものどうしは、同じ戦火をくぐったような、というのが言い過ぎかもしれないけれど、それだけで連帯感が生まれるのだ。
「脱脂粉乳」というのは、私たちの世代が、小学校の学校給食で、強制的に飲まされていた飲み物で、言うなれば、牛乳の代用品、である。
あの、曰く言い難い匂い、不気味な(としか思えなかった)味、深いな喉越し感……。それはもう、「脱脂粉乳」トラウマとでも呼びたいような、過酷な経験だったのだ。
「脱脂粉乳」の味そのものだけの話でも、相当盛り上がるけれど(中には、「私はそんなに嫌いでもなかったよ」なんて言う人もいて、それはそれで、今度はその人の味覚について、話が盛り上がったりする)、「脱脂粉乳」攻略法も、各人のテクニックがあり(鼻をつまんで飲む、給食当番の子に泣きついて、量を極力減らしてもらう、なるべく味あわないように一気に飲んで、すぐおかずを食べる、等々)、話は尽きないのである。
もう、人生の折り返しを過ぎた私なんかは、後に残された食事の回数は限られているから、できれば一食たりとも不味いものは食べたくないなぁ、と思っている。不味い食べ物にお金を払ったりしたくない。
だけど、気をつけていても、たまたま不味いもの、に当ってしまうことも、ある。不味そうな店の不味いもの、ならいざ知らず、それなりの店で出てきたものが不味かったりすると、私なんかは、もう、頭から湯気が出そうになる。にもかかわらず、食べ物を残すことができないので、猛烈に憤慨しながらも、残さず食べてしまうのだが、これが自分ながら、無性に腹がたつ。そういう時の私は、ダンナ曰く「テーブルまで食べそうな勢い」で食べているらしい。
「あぁ、もう、あったまに来るなぁ。何だよ、あれ」
店を出てすぐに、ぶうぶう文句たれる私に、ダンナが言う。
「もう来ることはないんだから、いいじゃん、いい経験したと思えば」
はい、うちのダンナも、「不味フェチ」なんです。
食いしん坊レシピ その14 「イカ団子スープ」
1 イカはワタをとって、皮をむき、身の部分を包丁で細かく切った後、叩いてミンチ状にする
2 1を、白身魚のすり身と混ぜ合わせる
3 鶏ガラスープの素で、スープを作っておく
4 3のスープが沸騰したら、2を団子状にして、お鍋に落としていく
5 イカ団子が浮き上がってきたら火を止める
6 ナンプラーをたらして、たっぷりの香菜を散らして、出来上がり
*イカとすり身は、つなぎを入れない方が、イカの食感が味わえます。イカのワタと下足は塩辛に。イカ2杯で、5~6人前はできます。イカは刺身用のイカを。
