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 祖母の初七日を終え

 祖母の初七日を終えた夜、目もとにうっすらと疲労を残した父が、言った。
「まぁ、ともかくこれでひとまずは終わったな」
「終わったね」と私。
 儀式は、目の前で慌ただしく過ぎて行った。それはもう、残された側の気持が追いつく間もないくらい。
 悲しさと急がしさが鬼ごっこをしているかのようで、次から次へと手配しなければいけないことがあり、順々にこなしていかなければいけないことがあり、葬儀を終えるまで、ぴぃんと気持の糸が張りつめていたように思う。
 あぁ、そうか、社会の仕組って、こんなふうにして物理的に忙しくすることで、否応なしに、「死」を受け入れざるを得ないようにできているんだなぁ、なんて、どこか冷めていた私いた。
 勿論、葬儀の間は泣きっぱなしだったし、何を見ても泣けてはいたのだけど、でも、それは、何ていうか、一連の流れの中に組み込まれた悲しさだったように思う。
 そうじゃなくて、自由な悲しさ、とでもいうのかなぁ。急かされない悲しさ、とでもいうものがやってきたのは、初七日を無事終えてから、だった。
 その夜、二人ともどこか虚脱したように、私と父はお茶を飲んでいた。
「お前は、明日帰るんだろ」
「うん」
 元々、私と父は会話が多い方ではなかった。
 私が上京してから、毎週末に電話していた相手は祖母だったし、たまに父が電話に出ても、すぐに祖母と変わってもらっていた。
 父とお茶を飲みながら、そこにいたはずの祖母の不在が、しぃんと胸にしみていた。
 祖母が座っていた椅子が、何だか所在なげで、でも、何故だか私はそこには座れなかった。
「お父ちゃんが死んだら、遺骨は海に撒いてくれ」
 父が、ぽそり、と言った。
 その言葉は、真直ぐに私の胸に届いた。
「うん、いいよ」
「それだけは、頼むな」
 十年前の私なら、いや、祖母が生きている時に言われたら、私はきっと、その言葉に反発したと思う。
 じゃぁ、何のために、お墓まで立てたわけ?
 きっとそう言って、反発したと思う。
 
 祖父が死んでから、お墓を建てる、というのが、祖母の悲願だった。
 傾いた実家を支えるために、自分は進学をあきらめ。弟たちを大学に進学させた祖父は、本来なら本家の長男でありながら、祖母とともに青森で進駐軍付きの床屋さんとして働き、若くして青森で生涯を終えていた。
 本家の長男でありながら、本家に終には戻れなかった祖父に、せめてこっちでお墓を建ててあげたい、というのが、祖母なりの「長男の嫁」としての意地だったんだろうなぁ、と今から思えば分かるのだけど、当時の私には、どうしてそんなにも祖母がお墓にこだわ
るのか、理解できなかった。
 青森市内の桜の名所でもある三内霊園の一角に墓所を買えたのは、祖父が死んでから何年も経ってからのことだった。
「死んだら三内に埋めてくれ、って、お祖父ちゃんがよく言ってたんだ」
 祖母は、祖父の言葉を守ったのだが、墓所は買ったものの、長いこと墓石は建たないままだった。
 どうして、墓石が建たなかったのか、その理由は私には分からない。多分に経済的なこともあったのかもしれない。
 墓石を建てて、一番喜んだのは祖母だった。石から花立てから、祖母が全部選んだそのお墓が、いよいよ完成した時に、祖母はお墓の前で泣いていた。
「長い間、待だせで堪忍の」
 そう言って、手を合わせて、深々とお墓の前で頭を垂れていた祖母の背中を覚えている。
 私はといえば、そんなに念願だった墓石に刻まれた言葉が、「吉田家之墓」ではなくて、「先祖代々之墓」だったことに、何となく違和感を覚えていた。
「何で、吉田家、ってしなかったの?」と祖母に聞くと、「こっちの方がいいかな、と思って」と答えた。
 あの時の私には分からなかったけど、それは多分、祖母の父に対する精一杯の感謝の印、だったのだ、と分かる。
 血の繋がりのない、祖母と祖父のためにお墓を建ててくれた父への、せめてもの、祖母なりの筋の通し方だったのではないか、と思う。
 まぁ、とはいっても、父にこのお墓に入って、っていうのは、それは無理だよなぁ、と今の私には、そのことも分かるのだけど。

 海に遺骨を撒いて欲しい、という父の言葉は、本当にすんなりと、私の胸に収まった。
 その時の私は結婚していなかったので、私が入るはずのお墓は、祖父と祖母の眠る、そのお墓だったはずで、「え? 私と一緒に三内のお墓に入らないの?」と思っても良かったはずなのに、そうは思わなかった。
 自分が死んだら、能登の海に帰りたい、という父の気持は、何の余分なことを含まずに、真直ぐに私の心に届いたのだ。
「お姉さんのとこにはいいの?」と父に聞いた。
 後妻だった父の母は、父が成人する前に亡くなっていて、実家を継いでいるのは、異母兄だった。
 すぐ上の姉だけが、父の唯一の血の繋がった肉親だったのだが、その姉もガンでとうに亡くなっていた。
 父は肉親の縁の薄い人だったんだなぁ、と思ったら、何だか胸の奥が痛かった。
 だとしたら、父が死んで、一番側にいたいのは、お姉さんのところじゃないかなぁ、と思ったのだ。
 私の言葉にはっとしたように、父は言った。
「そうだなぁ、アネキのとこには入れてもらいたいなぁ。もし叶うなら。でも、少しでいいからな。後は全部、海に撒いてくれ」
 叶うなら、じゃなくって、どんなことしても、お姉さんのとこに入れてもらえるようにするよ。
 土下座してでも頼み込んで、私が叶えてあげる。それだけは、絶対、私が約束する。
「すまないけど、頼むな」と父が言い、その言葉に溢れてくるものがあって、涙が出そうになった。
「まかしといて」と明るく答えて、「お茶、変えてくるね」と台所に立った。泣くのを父にみられたくなかった。

 しゅんしゅんとお湯の湧く音の向こうで、父が鼻をかむ音がした。しゅんしゅんと湯気のこっちで、私も鼻をすすった。
 ゆっくりと時間をかけて、丁寧にほうじ茶を煎れた。

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