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「ほら、よくいるだろ

「ほら、よくいるだろ、あなたは私の身体だけが目当てだったのね、とかいう女」
「よくいるかどうかは、わかんないけど」
「いるんだよ」
「ま、いいや。それで?」
「俺な、その言葉を聞くたびに、こいつ、何にも分かってねぇやつだな、って思うんだよ」
 Sは、私の古い知り合いである。
 飲み友達、というほど個人的に密な知り合いではないのだけれど、それでも、たまに同じ飲み屋に居合わせたりすると、一緒に飲む。言うなれば、「酒場友達」みたいなものだ。
 Sとは、久しぶりに会った。
 会った、というよりも、いつものように、私の飲んでいる店にSがふらりとやって来た、という方が正しい。
 そういえば、初めてSと会った時も、私はこの店の、このカウンターで飲んでたんだっけ。
 私が二十歳くらいの時のことだ。
 Sは、その店のオーナーの古くからの知り合いで、それで、一人で飲んでいた私にSを紹介してくれて、オーナーも交えて3人で飲んだのが、そもそものSとの出会いだった。
 しかし、私はどうしてあの時一人で飲んでいたんだっけかなぁ。
 今となっては、もう思い出せないけど。

 あの頃の私は、飲み屋には一人でも平気だったんだよなぁ。いや、今でも平気なんですが。
 食べ物屋さんに一人で入っていくのには気後れしていたくせに、こと、酒を飲む、となると、一人でも全然平気だった。 
 勿論、一番最初は誰かに連れて行ってもらって、ということが多かったのだけど、二回目からは一人でも行けたんである。
 そのうち、そもそも私を連れて行ってくれた人よりも、そのお店と馴染みになったりする、なんてこともあって、呆れられたりしたこともあったっけ。
 二十年前の新宿は、二十歳の小娘が飲み歩いてても、今よりもずっと安全な場所だったよねぇ、と、こないだ飲み友達と話していたら、「それは、あたしたちが飲んべぇだったからだよ」と指摘された。
 そういう彼女は、私よりも年上なのに、今でも、週のうち2回は新宿で朝までのんだりしているツワモノである。

 初めて顔を合わせて以来、たまに行き会うと、私とSは一緒に飲むようになった。
 Sは私よりも二十歳近く年上で、そのSの色恋の話は、小娘だった私にはとても刺激的だった。
 Sはどう見てもハンサムとはほど遠かったし、体型だって、どっちかといえばずんぐりむっくりだったにも関わらず、大変にモテた。
 何故だか分からないけれど、大変にモテた。
 事実、私は、Sと出会ったその店で、来るあてのないSを、思いつめたような目で待ち続けていた女を、何人か知っている。
 後日、Sと会った時に、「よっ、この女泣かせ」と茶化すと、「俺が泣かせたんじゃないよ」とSはノンシャランとしていた。「ただの、涙もろい女だったんじゃないか」などと、当の本人が聞いたらビンタの一発でも見舞ってやりたくなるような台詞を、平然と口にしたりしていた。
 二十代の私は、不器用な恋をとっかえひっかえしてたので、Sにも、時々そのことをグチったりした。
 Sは黙って聞いてくれて、「ま、縁がなかった、ってことだろ」と、あっさりと片付けてくれた。あんまりあっさりとSが言うので、そうか、そういうことだったのかもしれない、と、私は妙に納得したりするのだった。「あぁあ、不幸な女はやだねぇ」などと、面とむかって言われたこともあった。それでも、Sにそういうふうに言われると、不思議にムッとしたりはしなかった。
 そういう、何とも言えない人当たりの妙、というのがSにはあって、一緒に飲んでいて気持のよい大人の男だった。

「でもさぁ、身体だけが目当てだったのね、なんて言われるSも悪いんじゃないの?」
 時を経て、今ではS相手に切り返せるくらいは大人になった私が言う。
「身体だけが目当て、って悪いことじゃねぇだろう」
 女ってのは、とかく頭でっかちだから面倒くさくなるんだよな、と、Sは焼酎のお湯割りをごくりと飲んで言う。
「大体、俺は最初から、身体だけでいい、って言ってんだから。それを女の方が、勝手に解釈しちまうから、いけないんだよ」
「でもさぁ、身体から始まって、心もついてくる、ってこともあるかもしれないわけだし、さ」
「身体から始まったんだから、身体で終わればいいんだよ。そうじゃなくて、やれ、心がどうだこうだ、ってなるからややこしいんじゃねぇか。身体と一緒に心もなんて、欲ばりの言うことだな」
「欲ばり、ねぇ……」
「大体よ、心なんて、俺、自分の分持ってるもん。そんな、心なんて二つもいらねぇもん」
 
 その言葉を聞いた時、私は、初めてSがモテる理由が本当に分かったような気がした。
 ずいぶん無茶苦茶な話だけど、それでもきっとSはそう思っているからこそ、モテるのだ。
 その確固とした、強い根っこが、女を魅きつけるんだろうなぁ、と思った。
 心なんて二つもいらない。
 その潔くて、残酷で、泣きたいくらい孤独な、それでいて凛と強い、その姿勢。
 こんな男は、これはもう、絶対一人の女の手には負えない。
 そして、手に負えない、手に入らない男ほど、女には魅力的に映るのだ、と思う。
 Sの言葉を反芻しながら、グラスの中の梅干しを割り箸でつっついていたら、「お前もまだまだだねぇ」と、Sは涼しい顔で自分のグラスに焼酎を注ぎ足した。「まぁ、昔ほどぴぃぴぃ泣かなくなっただけいいけどな」

 それから、さらに、お湯割りを2杯飲んでから、Sは、「じゃぁ、またな」と言って、帰って行った。
 Sの背中を見送りながら、そういえば、Sとは、一緒に店を出たことが一度もないな、と思った。
 梅干しの追加を頼みながら、Sが忘れていったハイライトに火をつけた。
 薄荷煙草に慣れた喉に、ハイライトはやけにずしり、としみた。

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