とかつての私は本気でそう思っていた。ま、これだけでも昔のお馬鹿ぶりが分かろうってものだけど、本当にそう思っていたのである。あぁ、恥ずかしい。
今なら、一人きりでクリスマスを迎えたとしても、痛くも痒くもない。一人でクリスマスを楽しむ方法なんて、すぐに十個以上挙げられるのだが、かつての私はクリスマス(正確にはイヴなんだけど)の夜を一人で過ごすなんて、考えるだけでも耐えられなかった。
女として、それほど惨めなことはない、とまで思っていた。誰かと過ごそうとする前に、その心根を直しなさい! と、できるものならタイムスリップして、自分にこんこんと説教してやりたいくらいだ。
何で、あんなに怯えていたかね、自分、と思ってつらつら考えてみたのだが、何のことはない。あのですね、私は「クリスマスに一人でいる女」イコール「恋人のいない女」イコール「淋しい女」と、端から思われるのが嫌だったのだ。
あぁ、短絡的な貧しい発想だなぁ。
しかも、そこには「恋人のいない女」「淋しい女」に対するネガティヴな偏見があるのが、もう、本当の本当、自分でも許せんな。
そして、さらに馬鹿の上塗りというか、性格の悪さをさらしてしまえば、その頃の私は「イヴの夜の女どうしの集まり」ほど恥ずかしいものはない、と思っていたのだ。
恥ずかしいのはお前だよっ!
何の気負いもなく、ごく自然に一人でいても平気になるまで、一人でも人生を楽しめるようになるまで、私はずいぶんと時間がかかったように思う。何たって30過ぎてからだったもんね。
でもね、今は、それが私にとっては必要な時間だった、って思う。そのために結構な回り道をしたし、淋しくて淋しくて、何で私だけこんなんだろ、って自分を卑下したり、他人を羨んだり、お酒飲んで荒れたりしたりしたけど、今から思えば、あれは必要な時間だった、ってそう思う。
傷ついたり傷つけたりしたけど、もう二度と戻りたくない時間だけど、でも、私には必要だった、ってそう思う。
だから、私は今がすごく大事だ。もちろん、今だって、まだまだ道の途中にいるわけで、怒ったり泣いたりじたばたあたふたもするけれど、それでも、あのぐるぐると同じところを巡って手探りでもがいていた頃を思えば、ちっちゃい、ちっちゃい。
話を元にもどすね。かつての、私の「一人で過ごしたクリスマス」の話。
その頃の私は、別にクリスマスじゃなくても一人でいることが嫌だったから、常に誰かとつき合っていたりはしたのだけど、まぁ、そんなに世の中うまくいくもんじゃないから、やっぱりクリスマスを一人で過ごさなきゃいけない状況、というのを何度か経験してるのだが、その時は、それはもう、本当、世の中のカレンダーから、12月24日が消えないものか、とマジで思っていた。
大体、12月になると、街全体が妙に浮き足立ったりする事自体にムッとしてた。商店街を流れるクリスマスソングに、けっ、と内心で毒づいていた。
クリスマスケーキなんて、もう、存在そのものが許せなかったな。
じゃぁ、いっそのこと、どうせ私は仏教徒なんだから、と開き直って、ごく普通の一日の様に過ごせばいいものを、それじゃぁあんまり淋しいよなぁ、と思ったりするのである。でもって、せめてシャンパンくらい奮発しよう、とフルボトル1本を胸に抱きしめて家路につくんである。
シャンパンだけじゃ物足りないから、と、生ハムなんかも買っちゃったりして。生ハムとくればチーズも欲しいなぁ、なんて。
淋しいくせに、食い意地だけは張ってたじゃん、と今振り返ると、そのアンバランスさは笑い話だけど、当時はそんな余裕はなかったんから、さ。
でもって、家に帰り着くと、買い物袋の中身だけは立派にクリスマスしちゃってて、それから過ごす一人の時間が余計にみじめに思えたものだった。
ふー、なんてため息ついたりして。
のろくさと、テーブルの用意をして、淋しいなぁ、なんて思いながら、しっかりBGMのCDまで用意しちゃって、それからお風呂に入って。
で、後はもう寝るだけ、という体制にして、シャンパンを開けて、一人だけのクリスマスを始めるのである。
あー、何で、あの時の、あの淋しい気持ち。シャンパンも生ハムもチーズだってあったのに。今なら、ひぇーっ上出来、上出来!とほんわか幸せ気分で一人で乾杯できるのに、と思うのは今の私だからで、例えそれがどんなに上等なシャンパンでも、その時の私には、幸せな気分になるどころか、頭の中のBGMは梶メイ子(だっけ?)の「恨み節」である(って、古いなぁ)。
グラスに注がれたシャンパンを見て、世の中から取り残されたような気になって。鼻水すすりながらシャンパン飲んで、生ハムもチーズも、奮発したわりには全然、味わうことができなくて。そのうち、シャンパンを飲むピッチが早くなって、フルボトル一本空いちゃって、それからは家にあったワインまで開けちゃって、で、そのワインが半分くらい空く頃には、もうでろでろになってて、這うようにして、お布団にもぐって、それでおしまい。
最低なのが、お布団にもぐり込む前に、「あぁ、これで私のクリスマスは終わりなんだなぁ」なんて涙ぐんじゃったりするあたりだ。
さらに、最低なのが、次の日、ぐらぐらする頭を抱えながら起きた時に、真っ先に思ったことが、「あー、クリスマスが終わって良かったなぁ」だったってこと。 うー、書いてて情けなくなってきたなぁ。でも、これ、事実です。
結局ね、誰と過ごすか、じゃなくて、どう過ごすかなのね。それで、それが楽しくなるかつまらなくなるか、は、全部自分の気持ちひとつなんだよね。一人でもあったかほんわかクリスマスもあれば、二人でいたって、大勢でいたって心がすぅすぅするクリスマスもある。
その時、その時で、自分がどうすれば楽しいのか、心地よいのか、それが見つかればいいんだよね。
でもね、大丈夫、きっと見つかるから。今が無理でも、きっと見つかるから。
それを見つけた人にも、まだ見つけてない人にも、だから、メリー・クリスマス!