★アカシアの大連で吉野屋の牛丼を食いながらカレー屋チェーンを夢に見る
最初に向かったのは北京だった。中国で商売を始めるのなら上海というのが通り相場だが、首都を陥落させてからでも遅くはない。そう提案したのはF。
「とにかく上海は、地価が東京並みに高いからさ。それに北京はオリンピックも控えてるから、どんどん景気が良くなると思うよ。狙い目だよね。ほかの候補地としては、大連に西安に広州。大連は街としては小さいけど、日本の会社もたくさん来ているし、街もきれいで中国北部の中心都市にもなっているから、いいんじゃないかな。西安は地価が安いのが魅力。そして広州は、上海に負けず劣らずの景気の良さ」
聞かされたおれは、即座に結論を下した。
「内陸の西安は、商売するにはピンとこないな。広州は街が汚いし、猫まで食う土地柄だから食い物屋をやるっていう気分じゃない。だいたい日本の食い物屋がたくさん出ている、香港がそばにあるっていうのもマイナスだ」
[SARS]の感染源ではとされている珍獣ハクビシンどころか、カワウソやネズミ、生きた犬猫まで食材として袋詰めにして売っている市場に、仕入れなど行きたくないというものだ。空を飛ぶものなら飛行機以外、四つ足なら机以外は何でも食べるという広州の食文化は尊重はするが、慣れないものはどうしたって慣れない。
それにしても今にして思えば、結果的に中国への食い物屋出店計画を頓挫させる原因となった疫病[SARS]発病の地が、わがカレー屋候補地の一つであったというのも何やら因縁めいている。もし広州にカレー屋を出店していたならどうなっていたことか。おそらく開店早々に強制休業の憂き目に遭った揚げ句、安くはない投資金もすべて水の泡となり、帰国するにも金もなくなって、広大な中国の地でホームレスに成り果てていただろう。
いや。それは北京に出店していたとしても同じことか。いずれにしても、中国では何が起こるか分からない。さすが『聊斎志異』を生み出した国。怪異は珍異どころか常態なのである。
「じゃあ北京か大連ということで。わたしは仕事があって行けないから、店舗物件探しは、黒田さん頼んだね」
Fはあっさりとおっしゃった。中国人は強引だ。ストレートに要求を投げ込んでくる。しかし物件探しなど、わざわざ行かなくとも不動産屋にまかせておけば済むのではないか。
「中国の不動産屋は駄目だよ。契約が成立しなくても、物件を紹介するたびに紹介料を取るんだから。それに自分のところを通して家賃を払わせるから、貸し主が提示している賃貸料よりも高くふっかけるのが多いんだよね。だから中国人は、自分で貸し出し物件を探して家主と直接交渉するのが普通」
だそうである。なるほど金儲けに獰猛なお国である。儲けられるとなったら、どんなことでも。タフじゃなくちゃ生きていけない。
しかし旅行して歩くくらいの中国語はできるが、不動産物件探しとなると話は別だ。
「あのさ。おれの中国語力は知ってるだろ」
「大丈夫よ。北京にも大連にも日本語ができる友だちがいるから、案内してもらえばいい」
そうか。おれはうなずいた。
「わかった! まかせておけいっ!」
なんとなく面倒なことを押しつけられたような気がしないでもなかったが、外交や国際政治で丸め込まれるのは日本人の得意とするところだ。深くは考えないことにした。
北京ではFの提案通り、代表的ショッピングゾーンである西単という地域を中心に見てまわった。北京には紫禁城を挟んで西単と王府鎮という二大ショッピングゾーンがあるのだが、王府鎮はどちらかというと観光客相手。それに対して西単は地元の客相手ということになる。カレー屋をやるなら観光客より地元客。そう考えての選択だった。
しかしである。Fが話を付けておいたはずの、日本語ができるという友人と連絡が取れずじまいになってしまったのだ。何度電話をかけても留守電ばかり。あとで確認すると、すっかり忘れていて旅行に出ていたのだという。さすが大陸人。『三国志』の末裔だ。
ということで結果的に北京では状況視察程度のものしかできなくなったのだが、はっきりいって北海道の田舎者であるおれには街が巨大すぎて、カレー屋を開くというイメージがまるっきりわかなかったというのが正直なところだ。しかも事前調査では、首都だけにやたらと地価が高いのは言うまでもない。
一方、大連はまさに理想の街だった。規模も、住んでいる札幌とそれほど変わらない。中国特有の猥雑とも言えるエネルギーは感じられないかわりに、落ち着いた清潔感があるのもいい。さらに高層ビルが次々に建てられてはいるが、あの『アカシアの大連』に描かれたエキゾチックな街並みが、まだそこかしこに残っている。
「大連、いいよ」
賃貸物件を一緒になって探してくれていたFの友人であるTさんに、市の陸上競技場そばのショッピングモールに入っていた吉野屋で牛丼をぱくつきながら、おれはぽつりとつぶやいた。案内役として今度こそ連絡のついたTさんは、Fの元同僚。数年前に会社を辞め、故郷の大連に戻ってきたのだと言う。
「ここでカレー屋を作ったら最高だよ」
おれはもう一度つぶやいた。
Tさんはうなずいた。それから細い目を近付けてきて言ったのだ。
「ねえ、黒田さん。カレー屋さんもいいけど、大連に住んでる日本人相手にキャバレーやらない? 大連の外語大に通う日本語科の女子学生を安く使えば大儲けよ」
Tさんの目は真面目だった。
中国では、タフでなくては生きていけない。あらためて肝に銘じたおれは、中国でカレー王になっている自分の姿を幻に見た。待ってろ吉野屋。しかしSARS騒ぎはもうすぐそこに迫っていた。