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   <title>WEB本コンテンツ過去ログ用</title>
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   <title>第5回</title>
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   <summary>★カレーも作れない台所の天才 　大連から戻ってきて１週間あまり。Ｆのつてで中国カ...</summary>
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      ★カレーも作れない台所の天才

　大連から戻ってきて１週間あまり。Ｆのつてで中国カレー屋第１号店出店の地が天津と決まったまではよかったが、大きな問題がまだ残っていた。商品のカレーである。
　われわれが家庭で食べているカレーというのは、よほど偏屈の料理好きでもないかぎり、数ある香辛料を好みで混ぜ合わせ、独自のカレー粉をブレンドして作るなどという面倒なことはしないはずだ。市販されているインスタントのカレー・ルーの素を買ってきて、ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、豚肉などを炒め、それらを茹でた中に溶かし込むというのがごくごく一般的なカレーの作り方であると思う。その基本を踏まえたうえで、さらに他のメーカーのカレー・ルーの素を２、３種類掛け合わせてみたり、コリアンダーやクミンなどの香辛料を加えたりのほか、リンゴをすり入れるなどの変化技でそれぞれの家庭の味というものを作っているだろう。これに甘さ辛さの強弱が好みとして加わることで、独自のカレーが出来あがりということになる。
　しかしいくら独自とはいっても、基本となるカレー・ルーはあくまでも市販のインスタントのものなのである。ククレだジャワだバーモントだフォン・ド・ボーだと言っても、味そのものの部分はどのメーカーも変わらないというのが実情だ。端的に言ってしまえば、化学調味料の味である。つまり日本の家庭料理の定番であるはずのカレーは、じつはオリジナル手作りとは大きくかけ離れたインスタント食品をアレンジしているだけにすぎないのである。
　ではなぜ、インスタントのカレー・ルーの素がこれだけ定着したのだろうか。答えは簡単。
　香辛料を自分で配合してカレー粉から作ってゆくなど、インド人じゃあるまいし、面倒くさくてやってられないからだ。しかも日本のカレーは本場インドのそれとは違って、十数種類どころかモノによっては２０種類以上もの種類の香辛料を混ぜ合わせているから、とてもじゃないが素人に手の出るシロモノではない。いやいや、ごくフツーのインド人だって、そんなに多くの種類の香辛料を混ぜ合わせるなど冗談じゃねぇやと言ってラーメンを食いに逃げ出すかもしれない。実際、インドの家庭や大衆食堂で出されている日本人が呼ぶところのカレーは、３、４種類の香辛料をブレンドしただけの、ごくシンプルなものばかりなのだ。香辛料を複雑配合したカレーなど、日本式カレー独自のものなのである。
　などと気づいたのは、自分で独自のカレー粉を一から作ろうと台所に張り付き、朝から晩まで香辛料まみれになった末でのことだった。当初は、台所の天才であるおれをもってすればどうにでもなる。銀座中村屋までとはいかぬまでも、業務用カレー・ルーをアレンジしただけの、高円寺北口商店街そばのカレーがうまいと評判の喫茶店で出されているカレーくらいのものは出来ると自惚れていたのである。
　そう、まさに自惚れであった。
「クロダさん、食べたよ…」
　受話器から聞こえてきたＦの暗い声が、挫折を知らなかったおれの台所人生を絶望の淵へと追いやった。
　予想はしていたのだ。あんなものが、ウマイと言われるはずがない。しかし、それにしてもだ…。
「まずいよ。だいたい漢方薬臭いカレーなんて、あるわけ？」
　言われてしまった。
　そもそもはＦの提案だった。市販のカレー・ルーを使うことなく、中国で安く売っている香辛料をブレンドして使い、ゆくゆくは日本に逆輸出する。クロダさんだったらできるよね、というＦの言葉におれは即座に答えたものだ。
　曾祖父は大英帝国インド総督の料理人だったんだぜ。
　Ｆは出張で出かけた中国で、しこたまオリジナル・カレー粉を作るための香辛料を買い込んで送ってきた。その数１７種類。おれがジャワカレーやこくまろのパッケージ裏を見て買ってきてくれと言った香辛料だ。
　ところが第１の誤算が早くも見つかった。買ってきた香辛料を包んだ袋に書かれている標記が、当然のことながら中国語なのだ。クミンやガーリック、シナモンなど、なんとか中国語から訳すことができたものもあったが、どうしても訳すことができず、結果として名前がわからないない香辛料が５つ６つと出てきてしまったのである。しかもＦもわからないと言う。おれから渡されたリストに書かれている何種類かが中国語に訳すことができず、適当に買ってきてしまったのだという。
　第２の誤算は、香辛料の種類はパッケージに書かれていても、その量は当たり前だが書かれていないということだ。これが本場インド式のカレーであるなら、多くても３、４種類を使うだけだから、大胆かつ適当に放り込んでもそうおかしなものにならないのだが、１０種類以上は使う日本式ともなると、適当ではカレーにならないのである。おれは日本の食品技術力を甘く見すぎていたようだ。先人たちの血のにじむような努力があってこその、日本が誇るインスタント・カレー・ルーの素。ああ、プロジェクトＸ！　なのである。
　そしてもっとも誤算であったのは、Ｆが仕入れてきた香辛料が、すべて漢方薬臭いということだった。コリアンダーにクミンにクローブと、日本で売られているそれらと同じはずなのに、なぜか大中国漢方薬の臭いしかしないのである。
　そうなのだ。Ｆが吐き捨てるように言った“漢方薬臭いカレー”というのは、すべて中国で売っている香辛料のせいなのである。
　おれは声を大にしてＦに言ってやった。
「カレーの香辛料はインドに限る！　中国モノは使えん！　だから店では、業務用のカレー・ルーの素を使うからな！」
　調べてみてわかったが、日本の飲食店で出されているカレーは、そんほとんどが業務用のカレー・ルーやカレー粉を使って作られているのである。それだけ手間も暇もかかり難しいということだ。
　日本のカレーは奥が深い。台所の天才をもってしても手を出せるシロモノではないのである。
      
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   <title>第4回</title>
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   <published>2004-02-23T03:30:00Z</published>
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   <summary>★大連で日本人オーナーに限って２年間賃貸料無料の物件を見つける 　大連で案内役と...</summary>
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      ★大連で日本人オーナーに限って２年間賃貸料無料の物件を見つける

　大連で案内役となってくれたＴさんとおれは、都合３日間、カレー屋をやる物件探しに歩きまわった。街の雰囲気はよし。晴れ渡る秋天に気分もよし。さらに大連湾から水揚げされる新鮮な魚貝のうまさに加えて、中国Ｃリーグで屈指の強豪チーム「大連実徳」を抱えるサッカー熱沸騰の街となれば、カレー屋を開くのになんの障害があろうかといったところである。
　難を言えば、酒場となるとホステスが媚び売るカラオケ・バーばかりで、ただひたすらに酒だけを飲みたい酒好きが行きたくなる酒場がないということ。大連に限らず中国では、酒を飲むというのはレストランで飯を食いながらか、カラオケ・バーで唄いながらということになっているのだ。もっとも高級ホテルに行けばカクテルなどを揃えたバーもあることはあるのだが、やはり料金もそれなりに高級。そうそう通える場所ではない。ならカレー屋で儲けて、ホステスもいないカラオケもない、酒好きだけのためのバーを開いてやろうか。そうだ、それがいい。大連在住日本人向けキャバクラはＴさんにまかせて、おれは大連の酒場王になろう。
　そんな考えに浮かれていた２日目の夜だった。その日から２年後、北朝鮮からの脱北者を匿った日本人ＮＧＯ職員が、中国の公安に逮捕される舞台となった３軒となりの安ホテルのベッドで、大連発行日本人向けフリーマガジンをパラパラめくっていたおれは、信じられない広告を見つけてしまったのである。

　“テナント募集中！　既に経験をお持ちの日本人オーナー様、南山日本風情一条街のショップが、２年間無料で借りられます。”

　それは日本の建築設計会社と大連の地所開発会社が合同で企画した、日本人向け分譲別荘地売買の広告だった。７００メートルの長さがあるアカシア並木も美しいメインストリートの両側に建てた、車庫と庭を持つ７０戸の２階建て高級別荘１階部分を、飲食関係の経験を持つ日本人に限って飲食店舗として貸し出すというのだ。しかも信じられないことに２年間無料！
　どうにも怪しいが、タダほどうれしいものはないと考えるのが貧乏人の性である。おれはすぐさまＴさんに電話をかけた。
「ブツが見つかった！」
　次の日おれとＴさんは、管理を任されているという日本の建築会社の事務所へと向かった。
「ほほう。カレー屋さんですか」
　会議室の大テーブルを挟んで向かい側に座った男は、にこやかにうなずいた。
　高級そうなスーツにビシリと身を固めた男からもらった名刺には、専務取締役に首席代表と、日中両方の偉そうな肩書きが記されている。そのとなりに同じくスーツに身を固め笑顔を浮かべているのは、会長秘書だそうである。さらにそのとなりには頭の切れそうな若い中国人社員。
　ひるがえってこちらときたら、Ｔシャツの上にダンガリーシャツを羽織ったジーンズ姿の５０近い男と、同じくよれたワイシャツ姿の中国人中年である。とても商談に来るような格好ではない。まあ、スーツなんぞ１着も持っていないから、日本にいたって同じ格好だったことは間違いないのだが。
　しかしいくら何でも２年間の賃貸料無料は話が良すぎる。聞けば、戦前の日本人街であった南山という地区を、あらたな高級日本人街として売り出そうというのがプロジェクトの趣旨なのだそうだ。大連駅の裏に数年前に造成されたロシア人街に対抗してのもので、日本の高級飲食店が並べば、地元の人にも話題になる。ならば、宣伝を兼ねて２年間賃貸無料の太っ腹にでたのだと言う。プロジェクトに一枚噛んでいる大連市の発案だと言うから、さすがに中国人はやることがでかいと言うべきか、わけがわからんと言うべきか。
　だがそんなことはどうでもいい。２年無料は最高にオイシイ。が、それにしたって目の前の首席代表たちの目は、まるっきりおれを信用していない。ならば誠意と熱意しかあるまい。おれはかつて、それだけで映画館を作った。
「日本式のドロリとしたあのカレーライスを、この大連で大々的に展開しようと思って店舗探しにきたところに、こちらの広告を見たものですから。とにかく日本式のカレーは、中国ではまだ知られていない日本の味だと考えているんですよね。そこが狙い目でして。もちろん日本料理を看板にしているところは出しているかもしれませんが、わたしたちとしては、あくまでもカレーをメインにした店を考えているんです。日本に住む中国人は、日本風カレーを大いに好んでいるというデータもありますから、これは絶対に話題になり入るとふんでいるわけでして」
　そんなデータなんぞはどこにもなかった。友人のＦがカレー好きで、そのＦが、自分が好きなら同じ中国人全部が好きなはずだと自信満々に言っているのを、すこしだけ変えて言ったまでだ。このくらいのハッタリは商談や外交では熱意と言うのだ。
　それから延々四十数分。おれは中国全土で３６０店舗を展開し、カレー王となっているわたしを含めた壮大なる事業計画をまくし立てた。
　しかし首席代表たちには熱意は通じなかった。
「いやああ、面白いですな。カレー屋さんですか。出来たらわたしらも行きたいですな。では、返事はクロダさんにということで。お聞きした、日本のご住所に連絡すればよろしいですね」
　首席代表はにこやかに握手の手を差し出した。
　日本に戻ってくると、さっそくＦから連絡がきた。
「クロダさん。大連はもういいよ。場所が見つかった。わたしの友だちが天津で手広く美容院やってるんだけど、持っているビルの一角が空いてるから、一緒にカレー屋やりたいって」
　あのなぁ、さっさと言えよな。
　南山別荘無料賃貸についての返事は、３年後の今現在もきていない。
      
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   <title>第3回</title>
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   <published>2004-02-06T05:00:00Z</published>
   <updated>2007-03-23T02:42:43Z</updated>
   
   <summary>★アカシアの大連で吉野屋の牛丼を食いながらカレー屋チェーンを夢に見る 　最初に向...</summary>
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      ★アカシアの大連で吉野屋の牛丼を食いながらカレー屋チェーンを夢に見る

　最初に向かったのは北京だった。中国で商売を始めるのなら上海というのが通り相場だが、首都を陥落させてからでも遅くはない。そう提案したのはＦ。
「とにかく上海は、地価が東京並みに高いからさ。それに北京はオリンピックも控えてるから、どんどん景気が良くなると思うよ。狙い目だよね。ほかの候補地としては、大連に西安に広州。大連は街としては小さいけど、日本の会社もたくさん来ているし、街もきれいで中国北部の中心都市にもなっているから、いいんじゃないかな。西安は地価が安いのが魅力。そして広州は、上海に負けず劣らずの景気の良さ」
　聞かされたおれは、即座に結論を下した。
「内陸の西安は、商売するにはピンとこないな。広州は街が汚いし、猫まで食う土地柄だから食い物屋をやるっていう気分じゃない。だいたい日本の食い物屋がたくさん出ている、香港がそばにあるっていうのもマイナスだ」
［ＳＡＲＳ］の感染源ではとされている珍獣ハクビシンどころか、カワウソやネズミ、生きた犬猫まで食材として袋詰めにして売っている市場に、仕入れなど行きたくないというものだ。空を飛ぶものなら飛行機以外、四つ足なら机以外は何でも食べるという広州の食文化は尊重はするが、慣れないものはどうしたって慣れない。
　それにしても今にして思えば、結果的に中国への食い物屋出店計画を頓挫させる原因となった疫病［ＳＡＲＳ］発病の地が、わがカレー屋候補地の一つであったというのも何やら因縁めいている。もし広州にカレー屋を出店していたならどうなっていたことか。おそらく開店早々に強制休業の憂き目に遭った揚げ句、安くはない投資金もすべて水の泡となり、帰国するにも金もなくなって、広大な中国の地でホームレスに成り果てていただろう。
　いや。それは北京に出店していたとしても同じことか。いずれにしても、中国では何が起こるか分からない。さすが『聊斎志異』を生み出した国。怪異は珍異どころか常態なのである。
「じゃあ北京か大連ということで。わたしは仕事があって行けないから、店舗物件探しは、黒田さん頼んだね」
　Ｆはあっさりとおっしゃった。中国人は強引だ。ストレートに要求を投げ込んでくる。しかし物件探しなど、わざわざ行かなくとも不動産屋にまかせておけば済むのではないか。
「中国の不動産屋は駄目だよ。契約が成立しなくても、物件を紹介するたびに紹介料を取るんだから。それに自分のところを通して家賃を払わせるから、貸し主が提示している賃貸料よりも高くふっかけるのが多いんだよね。だから中国人は、自分で貸し出し物件を探して家主と直接交渉するのが普通」
　だそうである。なるほど金儲けに獰猛なお国である。儲けられるとなったら、どんなことでも。タフじゃなくちゃ生きていけない。
　しかし旅行して歩くくらいの中国語はできるが、不動産物件探しとなると話は別だ。
「あのさ。おれの中国語力は知ってるだろ」
「大丈夫よ。北京にも大連にも日本語ができる友だちがいるから、案内してもらえばいい」
　そうか。おれはうなずいた。
「わかった！　まかせておけいっ！」
　なんとなく面倒なことを押しつけられたような気がしないでもなかったが、外交や国際政治で丸め込まれるのは日本人の得意とするところだ。深くは考えないことにした。

　北京ではＦの提案通り、代表的ショッピングゾーンである西単という地域を中心に見てまわった。北京には紫禁城を挟んで西単と王府鎮という二大ショッピングゾーンがあるのだが、王府鎮はどちらかというと観光客相手。それに対して西単は地元の客相手ということになる。カレー屋をやるなら観光客より地元客。そう考えての選択だった。
　しかしである。Ｆが話を付けておいたはずの、日本語ができるという友人と連絡が取れずじまいになってしまったのだ。何度電話をかけても留守電ばかり。あとで確認すると、すっかり忘れていて旅行に出ていたのだという。さすが大陸人。『三国志』の末裔だ。
　ということで結果的に北京では状況視察程度のものしかできなくなったのだが、はっきりいって北海道の田舎者であるおれには街が巨大すぎて、カレー屋を開くというイメージがまるっきりわかなかったというのが正直なところだ。しかも事前調査では、首都だけにやたらと地価が高いのは言うまでもない。
　一方、大連はまさに理想の街だった。規模も、住んでいる札幌とそれほど変わらない。中国特有の猥雑とも言えるエネルギーは感じられないかわりに、落ち着いた清潔感があるのもいい。さらに高層ビルが次々に建てられてはいるが、あの『アカシアの大連』に描かれたエキゾチックな街並みが、まだそこかしこに残っている。
「大連、いいよ」
　賃貸物件を一緒になって探してくれていたＦの友人であるＴさんに、市の陸上競技場そばのショッピングモールに入っていた吉野屋で牛丼をぱくつきながら、おれはぽつりとつぶやいた。案内役として今度こそ連絡のついたＴさんは、Ｆの元同僚。数年前に会社を辞め、故郷の大連に戻ってきたのだと言う。
「ここでカレー屋を作ったら最高だよ」
　おれはもう一度つぶやいた。
　Ｔさんはうなずいた。それから細い目を近付けてきて言ったのだ。
「ねえ、黒田さん。カレー屋さんもいいけど、大連に住んでる日本人相手にキャバレーやらない？　大連の外語大に通う日本語科の女子学生を安く使えば大儲けよ」
　Ｔさんの目は真面目だった。
　中国では、タフでなくては生きていけない。あらためて肝に銘じたおれは、中国でカレー王になっている自分の姿を幻に見た。待ってろ吉野屋。しかしＳＡＲＳ騒ぎはもうすぐそこに迫っていた。
      
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   <title>＜杉良太郎の危険性＞</title>
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   <published>2004-01-28T04:40:00Z</published>
   <updated>2007-03-23T03:42:35Z</updated>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://column.webdokusho.com/koushin/backnumber/">
      郵便局の親玉の郵政局というところでパートしていた時、管内の郵便パートの（主に）おばちゃんのための「慰安行事」として、郵便貯金ホールでの杉良太郎ショーを一公演借り切る、というのがあって、私も切符を一枚もらった。

ぐふふ、とほくそえんだ私。なぜなら私は杉良太郎のファンだったからです。

ファンって、別にオッカケるとか、そういうんじゃないけど。ああいう顔がタイプだったんです。ガッシリ系の、しかし決してエラ張りではない輪郭（今ふと思ったのですが、皇太子妃の雅子さんは、杉良太郎系の輪郭の持ち主だ。だから私は雅子さんの顔が好きだったんだな）、ツリぎみの大きな目（あ、これも雅子さんに似ている）（そういえば、皮膚感も似ているような気がしてきた……）、そしてうすい眉毛（雅子さんは薄くはなさそうだが、メイクを落としたらどういうふうになるかは興味がある）。どんなに杉良太郎がキモチ悪い男としてネタとなっていた時期にも「どう考えたってあれはかっこいい」としか見えなかった。結婚を申し込まれたら受けてもいい、と思っていた。

そんなわけで、アコガレの杉良太郎ショー、うれしくてうれしくて。いくら好きでもなかなかプレイガイドなどで「えー、こんどの新歌舞伎座の杉良太郎ショー、一枚」なんていって前売り券を買うまでにはいかない者として、こういう職場の催しはうれしいものです。いそいそと郵便貯金ホールに出かけた。

引き替えハガキを持って、座席は先着順ということで、パートを早退けして、さらに走って会場にかけつけたわけだが、ついたとたん目の前が暗くなった。「長蛇の列やん！」。座席券引き替えハガキを握りしめた大量のおばさんたちが、会館の回りを大蛇のように取り巻いているではないか。私は「あんなにキラわれている杉良太郎を好きな自分」について「たいしたもんだ」と思う気持ちが皆無じゃなかったんだが、この大蛇のようなおばさんの行列を見て、そんなちっぽけな自負などふっとばされた。みんな杉サマが大好きなんだ。

最前列に並んでカブリツキで杉良太郎を見る、という計画は早くも潰えた。私の席は一階のずいぶん後ろのほうで、さらに端っこだった。ダメダメな席である。ガッカリしつつ、開演を待つ。待ってるうちに始まった。じゃーん！という感じで、着物姿の杉良太郎がステージに登場する。

「あっ、杉良太郎だ……」私は絶句してしまっていた。杉良太郎という人が、私の想像していた杉良太郎と、まったく別人だったからだ。

顔は、私の好きな杉良太郎である。そういう意味で別人ではない。そういうことではなくて、もっと……なんというか……うまく言えないのだが……まるで死体のような……そう！　死体みたいだったんだ、スギリョー！

べっとりと塗られたドーランは黄色いような茶色いようなマットな色で、ドーランというのはそういう色なのかもしれないが、生きている人間の顔色ではない。先年死んだおばあちゃんの棺桶の中の顔色そのものである。いったいなぜ好き好んでそんな顔色に塗るのか。さらに、表情も、なんというか、やけに黒目が大きく感じられ、つまり瞳孔が開いちゃってるように見え、表情も、笑顔ではあるんだけど凝り固まったような、はりついたような表情で「見てはいけないものを見てしまった」という感情が津波のように押し寄せてきた。「私は甘かった。スギリョースキとか言ってたが、そんな、私みたいな者が軽々しくスキとか言えるようなお方ではないのだ杉サマは！」。

しかし、それは「ただキモチ悪い」というものでなかったということは確かだ。ものすごく、心を惹かれたのである。死体といってもゾンビ的ではない。ツヤツヤで精力に満ちあふれている。しかし、顔色と表情だけが死体的。私は大衆演劇も見たことがある。ドーランべっとりである。黄色いような茶色いような色である。しかし、べつに死体を感じさせたりはしなかった。せいぜいが人形程度である。杉良太郎は「絶対死体」なのだ。それがイキイキ・ツヤツヤでせまってくる。席は遠いんだが、遠近感を超越してせまってくる。ものすごくコワい。コワイが、見ずにはいられない。しかし、見てしまうと、眉間にツーンとした刺激がきて、目をあいていられなくなる。会場を埋めたおばさんたちは、みんなそんな杉サマを食い入るように見つめている。だいじょうぶなのか。

杉サマは着流し姿で、オリジナル曲を次から次へと歌いつぐ。合間に身の上話などもまぜる。ボランティアをやっているというと、ファンからどんどん現金書留が送られて来るといっていた。そしてふたたびマイクを手にして、歌いながら「クイクイッ」と腰を振る。すると会場中が「ヒャアー！」という絶え入りそうな悲鳴に包まれるのである。ものすごく露骨な、西川のりおがやるようなやつを、ギャグじゃなくて「おばさまがたをとろかせるためにやる」という腰の振りっぷりなのでそれも驚いたが、しかし「イキイキ・ツヤツヤの死体が迫りくる」ことにくらべればそんなもんはたいしたことではないと思えた。

このコンサートを見終わってから、私は「生半可なキモチでスギリョーに近づくことはやめよう」と誓ったのだ。私はコンサートを見てなお、杉良太郎が好きだ、と思った。しかしそのことを言う時には「杉良太郎ってカッコイイよね（笑）」などと軽く言ってはいけない。相手の目をヒシッと見つめて、「私は、ほんとうに、杉良太郎という人が、好きです」と言わなければいけないと心に決めた。そして、好きであるからこそ、近づくまい、と決意したのだった。

しかし私はなお甘かった。「杉良太郎に近づかなくても、世の中にはスギリョー的に人を幻惑する人がいる、ということを忘れていた」。（つづきます）
      
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   <title>第2回</title>
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   <published>2004-01-20T07:10:00Z</published>
   <updated>2007-03-23T02:42:43Z</updated>
   
   <summary>　★そもそもなぜにビエンチャンでカフェなんぞを開こうと思い付いたか 　話は２００...</summary>
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      　★そもそもなぜにビエンチャンでカフェなんぞを開こうと思い付いたか

　話は２００１年に遡る。
　その年の８月。おれは中国大連で、カレー屋を始めるための不動産物件探しに走りまわっていた。
　現地の香辛料を使って日本式カレーを出す。提案したのは中国人の友人Ｆだった。
「クロダさん、料理じょうずだよね」
「料理本を出したばっかりだって」
　家でも朝・昼・夜の三食ほとんどを作っている料理好きのおれは、その春、冷蔵庫の余り物でだれでも作れるアジア・エスニック料理の本を出したばかりだった。レシピも載った、読んでも楽しい料理本。小学校４年生のときに学校の図書館で借りてきた料理本を見つつ作ったオレンジ・ババロアの感動忘れられず、いつか料理本を出すくらいの料理上手になってやろうという夢を抱いた末の、ささやかなる結果である。
「うん。じゃあ一緒に中国でカレー屋やらない？　中国の香辛料を使って作れば安上がりだし、中国には日本式カレーがないから流行ると思うよ。ついでにその香辛料で作ったカレー粉を、日本に逆輸出するっていう考え。安い野菜や肉も一緒に」
　おりしも安い中国野菜が日本のスーパーを席巻し始めていた矢先。しかも一緒にやろうと誘ってきたのが、商売大好きのＦである。

　Ｆとは10年ほどの付き合いになる。知り合ったのは、酔っぱらって偶然入った札幌の街外れにあるスナック。当時、北海道大学大学院で水道工学を学ぶため上海から来ていたＦは、そのスナックで雑用兼雇われ店長のアルバイトをしていたのだ。中国人不法就労者が地方都市に押し寄せてくる前の話である。
　日曜日ということもあってなのか、店には客の姿もなく、そのうえいるだろうはずのママさんやアルバイト嬢の姿も見えなかった。いるのは若いが地味な身なりの男、Ｆただ一人のみ。場末のスナックであるにもかかわらず、ボックス席が６つ以上はあろうかという広さが、かえってうら寂しかった。
「中国人だろう」
　注文したビールを差し出すＦにおれは言った。訛のない日本語をしゃべってはいるが、かすかなイントネーションの違いが耳に引っ掛かったのだ。
「あれ、わかる？」
　眼鏡を掛け、人の良さそうな顔をした丸顔のＦは、少しばかり驚いた表情を浮かべた。よほど自分の話す日本語に自信があったに違いない。
「明白（ミンパイ）！」
　旅先で流暢な日本語を操る悪徳中国人と嫌になるほどお付き合いさせられたのだ。わずかな中国訛くらい聞き取れるというものだ。
　もっとも首のボタンまできっちりと留めた白いワイシャツに、細いベルトを巻いた濃紺のスラックス。おまけに七三分けの短い髪をした30前後の一見まじめそうな男が場末のスナック勤めとなれば、日本の捻ね媚びた坊ちゃんサラリーマンのバイトでないことだけは確かだろう。
「中国語できるの」
「便宜一点儿」
　旅先で覚えた中国語を適当に並べた。と、そのときひらめいたのだ。
　中国語を習おう！　これからは中国の世紀。中国語を制すれば世界を制する！
　ひらめきで生きてきたおれは、ほとんど人生長嶋茂雄である。魯迅も書いている。
“わたしは留まるのがいやだ”
　おれもいやだ。ライク・ア・ローリングストーン。
「中国語教えてくれよ。普通語（プートンファ）。毎週１回１時間で、１カ月１万円。来週の土曜が第１回目」
　結果、Ｆはおれの中国語の先生となった。駅前留学ならぬ、場末のスナック留学。やりたいことなんて、どこにだって転がっている。とは言っても、おれの中国語は結局モノにはならなかったが。
　その後、中国語の先生から友人へと移行したＦは、北大の大学院を無事卒業し東京の大手下水道設計会社に勤めるエリート・サラリーマンとなった。おれなんかよりよほどの高給取り。日本人ならそのまま一生会社勤めを考えたいところだ。
　ところがさすがに中国人である。しかも金儲けが好きなことでは中国でも名にし負う上海人。何かとあれば独立して商売することを考えているのが面白い。ある時など、日本の切手商から買い集めた３００万円分の中国記念切手を上海の切手市場に持ち込んで、日本円にして９００万円で売り払った取引現場を目撃したこともある。中国の記念切手は日本に入ってはいるが日本人にあまり人気はなく、中国本土で買うよりも安いというところに目を付けての売買だった。恐るべし上海人。しかしその儲けた金のほとんどは、香港株の売買で失くしてしまったらしいのだが。
　とにかく、そんな商売好きＦの提案だ。
　食指が動いた。何より中国でカレー屋やるってのがくすぐられる。サラリーマン辞めて映画館作った男の琴線にビリリとふれるというものだ。しかもバブル弾けて、日本は不況の底へときり揉みダイヴの真っただなか。政治家はバカばかりで、このままでは老後に安心して酔っぱらうこともできやしない。ここは一発、日本が駄目なら大陸があるさと海を渡った先人に倣えというものだろう。
「やろうぜ」
　おれは答えた。さっそく夢いっぱいの企画書を書き散らかして、Ｆに送った。
　さすがＦ。またたくまにその企画書で、何人もの投資者を集めてしまった。
　おれは、中国に飛んだ。
      
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   <title>第1回</title>
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   <published>2004-01-06T05:50:00Z</published>
   <updated>2007-03-23T02:42:42Z</updated>
   
   <summary>★プロローグ＝安い日本酒で悪酔いしながらラオスでのんだくれることを考えるおれは人...</summary>
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      ★プロローグ＝安い日本酒で悪酔いしながらラオスでのんだくれることを考えるおれは人生なげたのか

『僕たちはおとなになってしまって、いまでは何もかも前のようにドラマティックな感じがしないが、それでもいろいろな出来事が繰り返し起こっている』

　若い身空で革命起こし一国の大臣にまでなったチェ・ゲバラは、そうカストロに言い残してキューバを離れた。向かった先はボリビアの山の中。何やったかって言えば、ロバにまたがり帝国主義の手先である政府軍相手にドンパチ仕掛けるゲリラに戻った。２年後に政府軍に捕まって殺されちまったけど。
　あるいは１９９３年のシーズン後、シカゴ・ブルズを退団しＮＢＡから引退すると記者会見したときの神様マイケル・ジョーダンの言葉。

『だから、あんたがたもどこか他のところに行ってニュースのネタを仕入れてくれ。そして今後はあんたがたとは顔を合わしたくないもんだね』

　ジョーダンは翌年、大リーグ傘下の２Ａチーム、バーミングハム・バローンズに入団し、大リーガーを目指した。結局ベースボールでは芽が出ず、２年後にはブルズに戻ったが。
　はたまたおれが小学校五年のときに家族捨てて出てったっきり、どこに行ったもんだか戻ってこない親父が玄関先で残した捨てゼリフだ。

『冗談じゃないってんだ』

　何が冗談じゃないのか、ガキだったおれにはまるっきり分からなかったし、いまでも分からないが、要するに親父にとっては冗談じゃなかったんだろう。で、家族を捨てた。
　なぜのっけからこんなことを書いたかと言うと、べつにおれがセンドロ・ルミノソを支援する反帝国主義者というわけでもバスケおたくのジョーダンマニアというわけでもなく、ましてや、いなくなった親父の面影に恋い焦がれる［さだまさし］好きのセンチメンタル男だからでもない。ここに書いた男たちが行動に移した、世間の常識からすればバカとしか思えない、いわゆる“無謀”というやつがたまらなく好きだからだ。もっともおれの親父の“無謀”は、単なる無責任とわがまま以外の何物でもないのかもしれないが。
　そして２００３年の夏だった。心の底にざわざわとうごめく“無謀”に突き動かされたおれは、ふと思い立ったのだ。
　ラオスの首都ビエンチャンで酒場をやろう。酒場の名は“カフェ・ビエンチャン”。なにもかもうっちゃって、熱帯の地で酔い果てよう……。

　いや。恰好つけすぎだ。“無謀”に突き動かされたのもあるにはあるが、正直なところ、うんざりしてきたのだ。この１０年ほどやってきたなんだかんだの文章書きの仕事ってのに、少々疲れ気味なのだ。
　出す本は自分では面白いと思うのだがまともに売れたためしがないし、札幌なんかに住んでるとライター仕事だってまともにあるわけじゃないと言うよりそもそも営業しないからお呼びが掛からない。書いてる二作目の小説はうまく進まないし、おまけに政治家がバカだから貯金はますます目減りして、年収だってどんどん減って驚くなかれ１４０万なんてときもあった。
　それでも飯食って酒飲んでたまに海外うろついて暮らしていけたのは、ロシア女みたいに屈強な女房が働いてくれたのと子どもがいないのと、３０年も４０年もローン組んで家を買うなんてことに興味もあこがれも一切なかったからだ。
　しかしそれにもそろそろ、うんざりしてきた。貧しいのはかまわない。正直、金はあったほうが断然イカしてるが、なけりゃないでやってける。
　問題は、なんだかつまらねぇなという気分だ。つまらないのが人生だと言われりゃそれまでだが、おれは楽しく騒いでる人生のほうがよっぽど好きだ。アリよりキリギリス。犬より猫。美しいモーツアルトよりも気の狂れたベルベット・アンダーグラウンドのほうが、ずっと心をわきたたせる。
　それなのに、いまのおれにはわきたつものが何もない。３０代のときに面白おかしく経営していた映画館はつぶしたし、４０代に始めた文章書きの仕事は中途半端。そしてもうすぐおれは５０歳。『二十歳が美しいなどとだれにも言わせない』と偉そうに書いてくれたのはポール・ニザンだが、２０歳が美しくなけりゃ５０はもうゴミということか。
　どん詰まりだった。
　そしてそのどん詰まりを打開するために、おれはビエンチャンに酒場を開くことを思いついたのだ。まるで浮気した女房とのどん詰まり関係を打開するために海外に飛び出した金子光晴みたいなものだが、しかしひょっとするとゲバラもマイケル・ジョーダンもおれの親父も、心にうごめく“無謀”になんぞ突き動かされたわけではなく、案外この人生のどん詰まりというやつを打開したかっただけなのかもしれない。とにかく要するに、騒いで動いて前に進みたかったのだ。

　２００３年９月。おれはビエンチャンに行った。目的はいまだに社会主義体制を取るラオスで、外国人が酒場なんぞを開けるのかという下調べ。
　結果は問題なし。
　帰ってきたおれは、友人知人に触れまわった。
　ラオスのビエンチャンで酒場をやるからな。
　返ってきた言葉は一様だった。
　お前、人生なげたのか？
　悪いが人生なげたわけじゃない。これから新たに始めるのだ。
　少々やることは突飛だが。
      
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   <title>＜オ○ニーの話＠ＯＳＫ編＞</title>
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   <published>2003-11-12T11:30:00Z</published>
   <updated>2007-03-23T03:42:36Z</updated>
   
   <summary>永いお休みをいただき申し訳ありませんでした。恋をしていて何もかも手につかなかった...</summary>
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      永いお休みをいただき申し訳ありませんでした。恋をしていて何もかも手につかなかったのです。

と、女性作家なんかが言う場合、それは「男とつき合い初めて、やることもガンガンヤッて」という話で、そういうのを読むたびに「ケッ、結局はモテ自慢かよ」と思わされる。『だめんずウォーカー』というマンガをちらっと立ち読みしたら、ダメな男にひっかかるという話がえんえんと続いていた。私なんかひっかけてももらえないが。「私ってこんなにダメなのよ～」という顔をした自慢話ぐらいイヤなものはない。倉田さんはモテてうらやましい、私にはダメ男すら寄ってこねえんだ。

エロ話で、やってイヤミにならないのはオナニー話しかないと思う。金塚貞文さんという人が『オナニズムの仕掛け』という本を書いていて、この人はオナニー専門家のようになり、「どうも、オナニーの金塚です」と自己紹介もするようになったそうで、「オナニーの金塚です」とまで言うようになるといつもの私だったらそこに一抹のイヤミ（ふだん顧みられることのないモノを持ち上げることによって威張るのはヤな感じ）をかぎつけるのだが、金塚さんの性格がいいことに加え、やはり「オナニー」というのには圧倒的にかっこわるいのでイヤミがないのだ。松沢呉一が編集した『ウンゲロ』というのは、ウンコやゲロの話で、あちらはイヤミだったから（いろんな人がウンコやゲロの話をするのが、どうもトクトクとしていてイヤミだったんだ）、かっこ悪さという意味でオナニーはウンコに負けた。というか勝ったのか。

オナニーをしている、というのはものすごく言うのがはばかられる話題だ。男だとそうでもないのかもしれないが、私ははばかる。私はエロ話が大好きで、私の友達にもエロ話をものともしない者は山ほどいる。しかしそんな私たちの間でオナニーの話題が出ることはない。していないわけはない。男とやったという話はポロッと出たりしても（私は断じてしない。やってないからというのもあるが）、オナニーの話題だけは出てこない。これは私の周囲の特殊事情なのだろうか。しかし、他人の（それも女性の）オナニー事情について、私にはすごく興味があるのだ。しかし誰もしゃべってくれないし書いてくれないので（いや、女の人のオナニー話を読むことはあるが、どうもそれは私の求めているものとはちがう）、しょうがないから自分で書くということになる。プレゼントは、自分が欲しいと思うものを他人にあげよう、と「より良い生き方」みたいな本に書いてある。それを実践するのだ。でも私はプレゼントでも、自分の欲しいものを他人にあげてことごとくハズしているという歴史があるからなあ……（ノギスとか、注射器とか……）。しかし自分の欲しくないものを他人にあげるよりはいいだろう。

ところで私は主に競馬の仕事をしており、趣味は競輪とＯＳＫなので、自然と話題はその三つのモノになってしまう（話題が豊富でないもので）。で、そうなるとすごく不評なのである。競馬と競輪とＯＳＫって、そんなに一般的ではない話題なんでしょうか。ここでＯＳＫ話を展開していた時も「最近はＯＳＫの話ばっかなんで読んでない」と複数の人が言ってた。そうなのか。確かにそうかなとも思う。オナニーの話よりは、競馬競輪ＯＳＫの話のほうがウケは悪いだろう。オナニーの話はグローバルだから。サルでもやるぐらいだし。サルは競馬も競輪もＯＳＫも見ないから。

ところでここからまたしばらくＯＳＫ話が展開されるのですが、不評なのは悲しいので、「オナニーの話＠ＯＳＫ編」ということにしたいと思う。

まずは、杉良太郎と北島三郎について。（つづきます）
      
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   <title>第１３２話　　　ぎゃ～！…最終回です！</title>
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   <published>2003-10-15T04:20:00Z</published>
   <updated>2007-03-23T03:52:01Z</updated>
   
   <summary>　最近、めっちゃ気になっているＴＶＣＭで、モデルのハマチは…と言うのがあるねんけ...</summary>
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      　最近、めっちゃ気になっているＴＶＣＭで、モデルのハマチは…と言うのがあるねんけど、なんでモデルがハマチなんやろぉねぇ？
　先日、某ＴＶ局全国ネットの情報番組を見ていたら、今朝はネタ切れなのでこれ！…と云うようなラーメン特集をやっていた。東京の何処かの鮎を入れた鮎ラーメンの店の紹介だ。若い美人のかわゆいアナウンサーが原稿を読みながら時間が押しているか必死で喋っている。「このラーメンに入れる鮎は飛騨こうざんから取寄せています！」…と言った。飛騨こうざん？ヒダコウザン？飛騨鉱山？…？初耳の地名やね。是非、一度行って見たい所やね。まさかねぇ…飛騨高山とちゃうよねぇ？　
　でもそんな事を気にしたらアカン。この道数十年の超ベテランアナウンサーでもとんでもない事をいうのだから。某局全国ネットのラジオを駅前の深夜のタクシー乗場で聞いていた。ベテランアナが「最近は昔懐かしいオート三輪（関西ではバタコ）を見ませんねぇ。今朝、テレビをつけていたらそのオート三輪が映っていたんですよ！懐かしかったですねぇ！朝の連続テレビ小説…てるてる坊主！」…と言った。そりゃ上の句で「てるてる」…と振られたら下の句は「ラーメン」…でも「豚まん」…でもない。誰が考えても「坊主」…なんやけど、この場合はちょっとだけちゃうと思うのですがワタクシ何か間違っているのでしょうか？

　２００３年９月２１日（日曜日） 曇／最高気温…２２．１℃
　なんとぉ！最終回に相応しい客が海遊館から乗って来た。
　極道である。ヤクザだ。暴力団。それもよりによって恐い顔をした奴が二人も。フィリピン人の女も二人連れている。
（なんで、ヤクザやと分かんねん？）…と言う質問もあると思うが、客の指定の行先が大阪市内の極道事務所だから恐らく、フィリピン人の女を連れて遊びに来た大阪府警の刑事ではないと思う。フィリィピン人の女二人とヤクザＢが後ろに座り、一番悪そぉ～な（頭も）ヤクザＡがウエちゃんの横のシートーに座ってしまった。歳は一緒ぐらいだろうか？向うがちょっと若いかも知れない。
「タクシーはどないやねん？」
　とヤクザＡがウエちゃんの目を見据えて聞いて来た。
「暇やなあ！」…とウエちゃんもヤクザＡを見据え返すと、
「ワイらも暇でなぁ、困っとんねん！」…とヤクザＡは前を向き溜息を吐いた。
「ほぉ～、極道も暇かいなぁ？」
「暇やねん！」…とヤクザＡが言って間髪を入れずに、
「こらぁ、運ちゃん！おのれぇ誰にタメ口聞ぃとんねん！南港へ沈めたろかぁ！」
　とヤクザＢが大きな声で言って来た。
「お客さん、南港でっかぁ？懐かしい響きやなぁ！南港か…（遠い目）」
　しかしその間もフィリピン人の女の二人はタガログ語で何か必死に喋って「ワッハハハハハ！」…と大笑いをしている。
「辞めとけやぁ！この運ちゃんは根性が座ってるわぁ！運ちゃんの目見てみぃ。お前より各上じゃ！ボケェ！お前が道頓堀の戎橋の下へ沈められんどぉ！」
　とヤクザＡが横から助けてくれた。
　しかしウエちゃん、別に根性が座っているのではない。ちょっと熱ぽっかったから強力な解熱剤を飲み意識が朦朧としていたので、１錠１００mmgのカフェイン錠剤を２錠も飲んで朦朧と超覚醒が行ったリ来たりしていただけなのである。
　しかしなんとなく親切なヤクザＡさん、もし今度乗って来たら御礼を言っておこう。しかし、タクシーの場合は、見ず知らずの人で同じお客さんを乗せるという確率は１％以下である。恐らく一生死ぬまで同じ大阪にいてもヤクザＡと遭遇する事は絶対にない筈である。…と沈められかけた南港のドドメ色の海を築港第一突堤から眺めながら、ちょうど１０年前の今日の事を思い出してしまった。もうあれから１０年も経ってしまったのか…（遠い遠い遼に遠い…目）。

　１９９３年９月２１日（曜日失念！） ド快晴／最高気温…３２℃超ぐらい
　なぜか沖縄にいる。それも沖縄一の大都会の那覇にいる。本日の宿は那覇市内の小高い丘の上にある某高級ホテル。ホテルでのんびりするだけなので、アーリーチェックインとレイトチェックアウトをホテルに伝えて正午前なのに空港からタクシーで直行。近距離乗場から乗ったのに毎度の事とは言えタクシーの運転手が「観光どうね？」「土産は？」「サンゴいらんねぇ？」「フィリピンいるさぁ！」「ナイチギャルもだょぉ！」ちゅちょっねぇ～！…と執拗なセールスをかけてくる。鬱陶しいのでトカちゃんのような顔をしたタクシー運転手に「こらぁ、おのれぇ、何処の組にミカジメ出してやっとんねん？」…と脅し上げたら突然に大人しくくなる。この丘の上のホテルはツアー客や団体客をとらない！部屋に時計がない！客待ちタクシーは入れない！…ので有名な高級ホテルだ。部屋に時計がないのは「時間を忘れてください！」…というのがキャッチコピーなのだ。しかし、時計がないと言うのははっきり申し上げてどれだけ不便か。不安か。余計に時間が気になり落ちつかなくなる。
　部屋に入りエアコンを入れるがちょっと暑い。まぁ、えぇか！…とホテル内のレストランで昼食。部屋に帰るとまだ暑い！気になりながらもプールへ行き１時間ほどプールサイドで昼寝。プールサイドの客はワイ一人と地元の航空会社のＣＡだと言っている美人でスタイル、バッチ・グーの三人組。部屋に帰るがやっぱり暑い！フロントへ連絡して大至急に営繕の人に来てもらうように頼む。来ない！もう一度フロントに電話。まだ、来ない！しかしここは沖縄焦ってはいけない。ウチナータイムにテーゲー主義の街だ。一階フロントへ出向いて二度ほど頼むが、心地良い元気な返事だけで動かない。もう一度フロントへ降りて行く。内線電話２回にフロントへ３回、合計５回目である。流石のウエちゃんも堪忍袋の尾を切ってもう一回縫ったけどまた切れた！
「こらぁ、われぇ、たいがいにせぇよぉ！舐めてんのかぁい！」…とフロント前で大声を出して横山のやっさんのように右手左手、左足右足を振り上げていた。すると「兄ぃちゃん！ニィちゃん！」…と聞き覚えがある声だ。ウエちゃんの右肩をトントンと叩く。ん…？と思って振り返るとそこには痩せ細った体と顔にヨット帽を被った顔色の悪いオッさんが立っていた。
「オマエなぁ、怒る時はなぁ、気合を入れて相手を殺す気でやらんかぁい！えぇか、アウトから入ってインをついて、逃げきるんや！」…とワケが分からん事をいいだした。フロントにもウエちゃんの代りに暴れてくれた！ほぉ～、やっぱり、ホンマもんは違うのぉ！…と感心して見ていたら「よしゃ！ホナ！」…と言い残して独特のガニマタ歩きで靴のヒールの音を鳴らしてティールームへ入って行った。御礼を言おうと追いかけて覗き込むと、めっちゃ恐そぉな人に囲まれて大声で話しをしていたのでそのまま部屋へ帰り、ＮＨＫで大相撲を見て米軍放送で大リーグとＮＢＡの録画放送を見る。
　まぁ、狭い大阪。タクシーに乗っていればタクシー運転手の天敵なので何時かは又逢えるだろうと思っていたけど、二度と逢う事もなく逢える事もできなくなってしまった。
　この連載、横山やすしで始まって横山やすしで終わる事になる。いやいやいや、３年間どぉもすんまへん！怒っこるでぇ、しかし！メガネ、メガネ……。
      
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   <title>第１３１話　　タク御用達…コンビニ彼是</title>
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   <published>2003-10-06T05:00:00Z</published>
   <updated>2007-03-23T03:52:00Z</updated>
   
   <summary>　ちよっと前…日曜日の朝の所さんのＴＶの情報番組を見ていたら、ウエちゃんが大好き...</summary>
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      　ちよっと前…日曜日の朝の所さんのＴＶの情報番組を見ていたら、ウエちゃんが大好きな『ハム』の特集だった。コンビニで買うサンドウィッチも、カツサンドやタマゴサンド、ミックスサンドよりも絶対にハムサンドだ。そういえばワイは、頭の横が痛くなるほど生クリームたっぷりのフルーツサンドが大好きなんやけど、最近の喫茶店やサンドウィッチ専門店にはフルーツサンドがない。食べたい…。死にそうなほどの生クリームのフルーツサンドとフルーツパフェは失神しそうな組合せで大好きだ。失神で思い出したがＴＶにあの赤松愛が数十年ぶりに登場していた。引退後初めての数十年ぶりのＴＶ出演の赤松愛を見てウエちゃん…失神してしまった！その数日前は隣の真理ちゃんをＴＶで見て失神！ワイもＴＶ出演は控えようと心に誓うのです。
　何の話やった…？おぉ～、そぉだ！ハムだ。ハム！ハムと言っても「ハローＣＱＣＱ」…ではない。その所さんの番組は生ハムと普段我々が食しているハムを皿に乗せて街行く外国人に「これはなんですか？」…と聞いていた。外国人全員が生ハムの皿を見て「ハム！」…と答えるのだが我々が食しているハムの皿を見て「………？…？」…と？マークでいっぱいだ。はははははっ！ワイらが子供の頃からハムだと思って食べてきたあれはいったいなんやったん？メーカーに問い詰めたい気分です。
　これが大阪のメーカーやったら絶対に「ハム？ハムいうて書いてましたか？そりゃ、お客さんの読み間違いですわぁ！かなわんなぁ…。あれ公って読みまんねんでぇ！」…とボケる奴がいそうな気がする。そんな奴は天に代わり、桃太郎侍に代わってタクの運ちゃんのウエちゃんが許ぅす！
（なんや許すんかいなぁ？…とこのタイミングで突っ込む！）

　とある最近の秋晴れ日曜日の昼下がり！タクシー運転手をやっているとコンビニは大変にありがたい。今はどんな山奥にでもコンビニがあるので深夜でもホンマに助かる。
　大阪市西部の海に近いコンビニ乱立地帯の、もぉそろそろかな？…と思われるコンビニに入った。潰れそうなコンビニは入店するとその雰囲気や臭いで分かる。日曜日なのでオーナー夫婦はサラリーマンみたいに日曜休暇。店を任されているバイトは見るからに糞ヤンキーだ。棚の陳列は荒れ放題。会話も口で喋らずに顎で喋っている。お前は阿吾十郎か！…と言いたくなる。
　そんなコンビニで昼と夜の間に食すご飯とオヤツを物色していると、なぜか唯一人だけしかいないアホバイトがレジの前で何か揉めている。客は小学生の低学年と見られる女の子が二人。遠目遠耳で監察していると十円の支払い代金が足りないらしい。女の子は泣きそうな顔でモジモジしている。するとそのアホバイト糞店員は自分の財布を取り出して１０円をレジに入れた。おぉ～！なかなかえぇ話しやぁ！…と感心していると女の子が「家に帰って持ってきます。ゴメンナサイ！」…と言った。めっちゃ、えぇ話しやんかいさぁ！どやさ、どやさぁ？こうなると話しの展開はコンビニのアホバイトが「もぉ、えぇでぇ！ワイが出しとくさかいに。今度来る時でえぇでぇ！」…となる。今、巷で大流行のアホらしい白々しい『ちょっと良い話し』である。ウエちゃんはお泪頂戴のちょっと良い話しが大嫌いだ！そんなウエちゃんの気持ちを察してかアホバイトの糞店員が「あんなぁ、もぉ、持ってこんでえぇでぇ！それからなぁ、お前らなぁ、もぉ二度と来んでえぇでぇ！」…と言った。ははははは！大笑い！恐らくこの女の子たちは一生このコンビニや同じチェーン店を利用する事はないと思います。ワイも使わへん！それから皆にこの事を言触らします。これって営業妨害やろか？文句あったら訴えてやぁ！
「兄ぃちゃん！この店も数ヶ月の命やのぉ！」…とウエちゃんも捨て台詞を吐いて退出。防犯ビデオにはこの様子が収められている筈。大阪市西部の海に近いコンビニ。秋の日曜日に顎でモノを喋るヤンキーのバイトが一人しかいてへん店。客は幼い女の子二人と男前のタクシー運転手の合計三人だけ。各社ＦＣ本部の方は防犯Ｖを調べて見てはいかがですか？

　その日の深夜に懲りずにまた別のコンビニに入った。腹が減ったのでそのコンビニチェーンが只今展開中の関東煮（かんとだき）を食べたくなった。何時の間にか大阪から関東煮の字が消えて『おでん』になったのがむっちゃ悲しい。大阪は関東煮やろが！関東煮！なんで、おでんやねん？
　ほな関東煮を食べよ！関東煮！…と心弾ませてコンビニの自動ドアを潜ると「いらっしゃいませぇ～～～！」…と夜中なのに大学の応援団の合宿みたいな大きな声。（お前らえぇ加減にせぇよ！）…と思っているとすかさず「おでん、いっかがですかぁ～！」…と３人の男バイトの厳つい声。（お前ら甲子園のカチ割り売りかぁ？）…と思いながら怯む。おでんを食べようと思い意気込んで入店して、突然にこんなん言われたら買う気が完全に萎えてしまう。世間に恐いものなしのウエちゃんでも何となく恥かしい。しゃないのでデカプリンを１個だけ買う。このコンビニの『おでん販促大声商法』はマイナスなんとちゃいますかぁ？

　毎日、２～３回は必ず利用するコンビニのネタは死ぬ程ある。何を書こうか…？
　某コンビニが出している高級おにぎり。ウエちゃんのお気に入りだ。確かに美味しい！しかし１個１６０円もする。阪神淡路大震災の時に３個で千円のおにぎりを行商した奴がマスコミで糾弾されたが１個１６０円も中々の値段だ。その高級おにぎりでウエちゃんの一番のお気に入りの具は『サケ・ハラミ』である。初めてこの具入りを食べた時は頭に来た！食べても食べてもサケしか出てこない。ハラミがないのだ！何回買って食べてもハラミが出てこない。頭に来たのでコンビニの関西本部に電話をした。
「こらぁ、えぇかげんにせぇよぉ！ハラミがあらへんやんけぇ！」…とウエちゃんが電話で詰め寄ると担当者が大笑いして説明してくれた。この場を借りて一言言うけどなぁ…大阪でハラミ言うたらハラミなんじゃ！ややこしい事を書くなぁ！ほんならあれやでぇ、ワイの大好きなシャケ弁当。あれって『マス弁当』って書かなあかんのとちゃうか？確かに材料の部分には『マス』と表示はあるけど。プンプン！（これって書いたらアカンことかいな？）
　そぉ言えばワイはカニがむちゃんこ好きやけど、それ以上にカニ風味蒲鉾のほうが好きゃ。あれは美味い！ホンマもんのカニより美味いし千円も買えば下痢するほど食べられる。しかも、カニ風味蒲鉾にはちゃんと蒲鉾と表示されてんでぇ。カニ風味蒲鉾さん、アンタはエライ！

　２００３年９月１５日（月曜／敬老の日） 快晴／最高気温…３０．６℃
　今日は確か関が原の合戦の日。その日に阪神タイガースが優勝決定！嫁が以前から白い巨塔ルートで本日の三塁側の特別内野席券を持っていたが、そこは厳しい縦社会の白い巨塔ルート。２３日の巨人戦と交換させられて怒っていた。優勝決定直前から大阪市内のタクシーが忽然と消える！結局さほど大きな騒ぎもなく、警察の目が手薄なＪＲ難波駅（湊町）周辺のタクシーが４～５台ボコボコにされただけで普段から態度が悪いタクシーは報道からも相手にされずニュースにもならず。
　あっ！原稿スペースが無くなった！又、来週…
      
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   <title>第１３０話　　　阪神（の）優勝…あっ、クマさんだ！</title>
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   <published>2003-09-26T08:30:00Z</published>
   <updated>2007-03-23T03:52:00Z</updated>
   
   <summary>　よみうりＴＶで『踊る！さんま御殿！！』（日テレ系）を見ていたら岩井志麻子が出て...</summary>
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      　よみうりＴＶで『踊る！さんま御殿！！』（日テレ系）を見ていたら岩井志麻子が出ていた。やっぱり変わっている。岡山の女は、ぼっけぇ、きょうてい！ウエちゃんの心の中には、お前らなんでやねん現代三大女流作家がいる。中村うさぎ、岩井志麻子、室井佑月だ。中村うさぎはＮＨＫのＴＶ番組で自身の整形顔を型崩れしないように維持する為の顔面注射風景を公開した。室井佑月はフジの朝の某情報番組に出て某美女応援団へのコメントで「あいつら、全～員、同じ顔でブッスばっかじゃん！」…と発言して大笑い。室井ちゃん、アンタの言っている事は正しい！岩井志麻子は自身の男遍歴を語った暴露エッセイ『志麻子のしびれフグ日記』（光文社）で………と又々、ここまで折角書いたのに、原稿を置いて便所へ行き脂汗を出して気張っていたら『本の雑誌／１０月号』（紙版）で、本業・書評家で自称・歌手の東えりかが詳しく内容を書いてしまった。げっ、前話に続き先を超されてしまった。ううぅぅぅ！（超～泪目…）なんで毎回ほぼ週刊更新やのに月刊誌に先を超されるんやろぉ？そぉや！ちょっと古いねんけど『テレサ・テンの真実』（徳間書店）、『テレサ・テンが見た夢』（晶文社）…もえぇぞ！先日、大阪へ来てウエちゃんが大阪案内をした沖縄美人御一行。ホンマに沖縄の女性は美人が多い。男は日テレ・ズームインの沖縄中継でお馴染みの川満先生や、BEGINのヴォーカルの兄ぃちゃんのような厳つい濃い顔の奴が多いのだが。女性たちは全員が国仲涼子、上原多香子、夏川りみ、古謝美佐子、仲宗根美樹、仲田の幸子（ん？段々に歳を…？）に何処となく似ている。しかし本人たちは心の隅で「ふん！私は仲間由紀恵、似よ！」…という気持ちがあったりするから女は実に恐ろしい。
　話が後先になるが阪神タイガースが一軍、二軍ともに優勝した。二軍が所属するウェスタンリーグは後期優勝なので、前期ぶっちぎり優勝の広島カープとのプレーオフが１０月４日（予定）に控えている。そして１０月１１日は長野オリンピックスタジアムでイースタンリーグ優勝チーム（日本ハムか湘南シーレックス／現在上位２チーム混戦）とのファーム日本シリーズである。カツノリ！頑張ってやぁ！危なかったら井川、ムーアをファームに落とすでぇ！ファームはそのあと直に高知で『よさこいリーグ』がある。沖縄で開催されていた韓国・台湾・日本のプロ野球と沖電などの社会人野球が参加していた『はいさいリーグ』が最近なくなり超野球ファンのウエちゃんはちょっと淋しい。
　タイガースの一軍が優勝した日。午後７時過ぎからの日本一早い阪神（の）優勝の特番をサンテレビで見ていたらひっくり返った！クマさん（後藤次男）がサンテレビの祝賀テーブルにボ～ッと座ってはった。まだ生きてはったんや！よかった！よかった！クマさんは阪神タイガースの元監督。自宅が甲子園に近くにあり監督時代も自転車で甲子園球場に通っていた名物監督。ホンマによかった！そのクマさんの後ろで人知れず酔っ払って歓喜に吠えていた玉岡かおるを発見！サンテレビの祝賀番組に呼ばれるなんてホンマもんじゃ！しかし在阪民放各局とも翌日の朝の５時までよくもまぁ、優勝特番を長々とダラダラとやったもんやと感心するけど、それをずぅ～～～と見ていたワイもちょっと…ヘン？ＡＢＣに至っては大相撲ダイジェストを朝の５時から放送したからお見事！それを見たワイはやっぱし…ヘン？
　
　２００３年９月１１日（木曜日） 曇／最高気温…３５．１℃
　日付が変わった２５時（午前１時）過ぎ。ＪＲ大正駅で１時間前から先頭に。帰るに帰れず泣きそうになっているとやっと美人が乗って来た。行先はウエちゃんのタクシー会社の車庫の近所で超～ラッキ～！この美人がなんと関西の情報雑誌のフリーライターをやっていると云う。取材の爆笑小ネタを聞きながらタクシーが右へ左に笑い転げて自宅近所へ。料金メーターは３７００円。阪神高速が７００円。クレジットカードでのお支払い。ありがとうごじゃります！…ん？…え？…お？…げぇ～！カードを通すリードが全く反応しない！うぅぅぅ！壊れている…。必死に謝り現金払をお願いする。快く笑いながら彼女も財布の中身を確認。「げぇ～！取材の立替払いがあったので４千円しか残ってへん！」…と彼女も泪顔。こっちが悪いのに申し訳ないが無け無しの４千円を戴く。あのフリーライターの超美人、明日からの食生活は大丈夫やろか？南港ポートタウン在住の超美人フリーライターをご存知の各在阪編集者の皆さん！仕事をビシバシと回してやあげて下さい。ラーメン屋の取材で朝から８杯もラーメンを食べて一回えづき、もう３杯食べ、そのあとに豚マンの取材をした人です。年の頃なら３０歳前後。ホンマに夜目では美人。タクシー運転手のウエちゃんからのお願いでした。

　２００３年９月１３日（土曜日） 晴／最高気温…３３．６℃
　夕方。海遊館で開催されていた折紙教室の先生を大阪府下のご自宅まで送る。本人曰く、折紙界では世界的に有名な先生らしい。もし死んだら絶対に新聞の訃報欄に出る人らしい。折紙名人か…？指を使う仕事やな。事故でもしたり、されたらえらい事になる。なんか超緊張して事故しそう。「運ちゃん、なんでも作れるでぇ！」…とセンセが仰るので遠慮なくウエちゃんが色々とリクエスト。ペンギン、カニ、マンボウ…ほいほいと簡単に数秒で作って渡してくれる。ほんでもここ、高速道路なんですが…！しかし、凄い！ペンギンなんか３回ほど折り曲げるだけである。これは手先が不器用なナットもボルトも締められへん欧米人が見たら気絶するわな。「センセ？タコは無理ですやろぉ？」…とウエちゃんが無茶を言うと「ん～～～！難しいなぁ！はい、タコ！」…と折紙大先生は簡単に鋏も使わず折紙だけでタコを作ってしまった。御見逸れいたしやした…。大先生のご自宅が長距離だったので本日のお仕事は終り！おっ！まだ陽が沈んでへんでぇ…

　２００３年９月１４日（日曜日） 快晴／最高気温…３０．４℃
　海遊館から大阪駅へ。帰る途中、南行一通６車線の御堂筋のいっちゃん右側道を走っていると淀屋橋、伏見町、道修町、平野町、淡路町、瓦町、備後町を過ぎ珍しく安土町からお客様が御乗車。心斎橋の大丸で下車。阪神が優勝したんかと思うほどの大渋滞の御堂筋をノロノロと下っていると、道頓堀でスポタカの大きな買物袋を両手に４個も提げたオバちゃんが無理矢理に乗ってくる。
「全然、動いてまへんでぇ！よろしいんかぁ？」…とウエちゃんが聞くとオバちゃんが「暑いからどぉでもえぇわ！休ませてぇ！大国町まで行ってぇ！」…と言う。道頓堀から大国町までは基本料金の距離。しかし全然動かない御堂筋。ナンボ出るかむっちゃ楽しみやねぇ？大渋滞の原因がナンバの高島屋前に来て判明。自民党総裁選挙候補者が揃って街宣車から街頭演説をやっている。道頓堀からナンバまでの３００ｍが３０分もかかる。各候補者は必死で不況脱却を訴えている。大阪の日曜日の流通を止めて大渋滞を引き起こして何が不況やねん！広い暇な関空でやれぇ！馬鹿タレが…。
「へぇ～、選挙なん？いつ？小学校が隣やから投票に行かなアカンなぁ。小泉さんがおったけど今度は大統領選挙なん？」
　と暑さと疲労困憊で放心状態の大阪のオバちゃんの本日の名言。多分、このオバちゃん。正常な状態でも同じ事を言いはると思います。降参！
      
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   <title>＜清原と三島＞</title>
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   <published>2003-09-25T13:10:00Z</published>
   <updated>2007-03-23T03:42:36Z</updated>
   
   <summary>ジャイアンツの清原を見るたびに思うのは、 　 「三島由紀夫に似てるなあ～」 とい...</summary>
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      ジャイアンツの清原を見るたびに思うのは、
　
「三島由紀夫に似てるなあ～」

ということです。私はジャイアンツのことに関しては、情報が視神経から脳に伝わる段階で無意識にシャットアウトされるので、どんな選手がいるとか、今セリーグ何位だとかそういうことは知らない。選手の顔も知らない。清原に関しては、西武時代、日本シリーズでジャイアンツに勝つ直前、嬉し泣きをしてたので「見どころあるヤツ」とみて顔は市っている。なのにＦＡでジャイアンツに入りやがったということで「一瞬でも見どころあるヤツなんて思ったボクのバカー！」という怒りによって、神経遮断が激しくなっていて、最近の動向はまったく知らなかった。

しかしある日、テレビで「静聴せい！」と叫んでいる三島由紀夫が映ったので、憂国忌でもないのになぜ今頃、と思わず画面に見入ったら、三島由紀夫ではなくてそこには清原がいたのだった。「テレビに映る三島由紀夫は、静聴せい！と叫んでいる」という先入観が、私に幻聴を聞かせてしまったらしい。

ジャイアンツの清原に興味はないが、三島由紀夫に似ている男・清原なら興味はある。

いつから清原ってこんなんなったんだ？　あの髪型、あのモミアゲ。ボディビル後の三島由紀夫そのものである。西武時代はこんなふうではなかった。もっとも三島由紀夫から遠い男だったと思うのだが。ナンシー関の名言で「清原はお母さんのお腹に五年ぐらいいた感じ」ってのがあって、確かに羊水につかりすぎたようなふやけ方をしてた。それが大物感をかもしだしていたのだが。そういやナベツネに悪口言われて発奮して肉体改造を始めたとか言ってたな（遮断していた情報が脳に達する前にたまっていたのが、水門がゆるんでちょっと脳に流れ込んだことにより思い出した。正しい情報かどうかは定かでない）。肉体改造。ルックスだけでなく行動も三島由紀夫にそっくりではないか。三島由紀夫が生きてたら、清原見て「た、たまらん」と思うのか、それとも「マネすんなよ！」と思うのか。私の予想としましては、顔をひきつらせながらも対談相手に指名、か。で、不自然なぐらい持ち上げる。掲載誌は『ターザン』。グラビアは、二人とも上半身裸。……いや、背の高さが違いすぎるからそれは拒否するか……でも「あえてやるのがいいんじゃないか、はっはっはっ」と大笑してカメラの前に立つか。

で、顔をひきつらせつつ、清原に恋してしまうんではないか。こいつはオレの生まれ変わりなのだ、とかなんとか思い込んで（まだ自分は死んでないのに）。（どうも私は三島由紀夫というと、“面白い人だ”というのがまずあるもんで、シリアスに考えられない）（でも清原に恋するって、これはシリアスな恋か）

『豊饒の海』４巻を読み始めたら、面白くてやめられなり、「みんなこの小説がこんなに面白いってことを知ってるのか」と叫んだ。「輪廻転生」だの「大乗」だの「最終回の原稿を編集者に託してそのまま市ヶ谷で割腹」とか、そんな話ばかり聞いてたもんで「とんでもない高尚なお小説」なんだと思ってたよ。…………ものすごく下世話な話じゃないですか『豊饒の海』！　めろめろのメロドラマじゃないですか。美女とかお公家さんとか美少年とかお姫様とか、登場人物も多岐にわたるうえ、下世話な行動のヤツ多し。男女の恋愛もあれば男男の恋愛もある（本多の、清顕への気持ちはどう考えたって恋愛だ）。ルックスから性格から、あらゆるタイプを取り揃えてあって、それがいちいちスベッたりコロンだりしまくる。「むせかえるような薔薇の香り……」とかいっちゃって、いちいちその気まんまんだ。高級中華のフルコースみたいな充実ぶりだ。私なんかから見れば、あらゆるタイプの男が揃っていて、さすが男好きの三島由紀夫はちがう、と感嘆させられる。期待しつつ『英霊の声』を読んだ時も「ええーっ、これって、こんな、見てきたようなウソを言うような“お話”で大丈夫なのか」と、アッという間に読み終えて衝撃を受けたが、『豊饒の海』のほうは、長いしストーリーは面白くて、まさに「巻置くを能わず」だったんで、こちらのほうは「嬉しい驚き」であった。フジテレビで『真珠夫人』的にドラマ化してみたらどうか。断じて月九とかじゃなくて昼ドラマで。冥界から三島由紀夫の憤怒霊が攻めてきそうであるが。キャストも考えたが、これも思い切って下世話なキャスティングが良い。聡子に黒木瞳とか安永透にＳＭＡＰの中居とか。でも中居くんが昼ドラには出てくれんか……。

そこで、清原をキャスティングしたらどうかと思いついた。清原和博初主演ということになると、これは昼ドラではダメで、映画になってしまうが、かえってそっちのほうがいいかも。三島由紀夫は、登場人物の中では、第二部『奔馬』の勲くんが好きだったらしい。確かに、盾の会関係の書物を読んでも、勲タイプを良しとして入会させていたようだし。なら『奔馬』映画化で清原主演。

……しかしそれではいかにもありがちだ（そうか？）。もっと、手術台の上のミシンと蝙蝠傘の出会いのようなキャスティングが必要だ。そこで考えた。第一部『春の雪』、松枝清顕。清顕だから清原、というダジャレじゃないが、それが見てみたいよ私は。最初から最後まで読んで、この清顕がいちばん三島由紀夫本人に近いような気がしたっていうのもある。いくらボディビル・ボディで武装しても、本人さんはああだったんじゃないかと、読み終わって思った。となると、清原がやるというのがエエのではないか。

とんでもないドラマになりそうだ。ま、実現の可能性は皆無だからいいか。
      
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   <title>＜半身タイガース＞</title>
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   <published>2003-09-19T04:30:00Z</published>
   <updated>2007-03-23T03:42:36Z</updated>
   
   <summary>道頓堀のグリコの大ネオンが阪神タイガースのユニフォームに着替えたのを見てつくづく...</summary>
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      道頓堀のグリコの大ネオンが阪神タイガースのユニフォームに着替えたのを見てつくづく思ったが、あれ去年、サッカー日本代表のユニフォームを着せられてただろう。

グリコの人は、野球のユニフォームが似合うなあ。グリコの人は、サッカーのユニフォーム似合わないなあ。

グリコの人の顔が、野球向きだというのもあるんだろう。体型も野球向きだ。そしてもっとも重要であるところのライフスタイルも野球向きだ。グリコの人の普段着はランニングである。サッカー日本代表のユニフォームを着る男は、ランニングを着るという習慣はないはずだ。タンクトップは着るかもしれないが、タンクトップとランニングは大いに別物である。

と、こう書くと野球はサッカーよりも「非オシャレ」なものであると言いたいと思われるかもしれない。いや、ま、非オシャレサイドのものだろうとは思いますね。野球周辺のファッション、野球選手の私服から、ユニフォームに至るまで、オシャレアイテムに使用されることは少ない。カジュアルショップにおけるベースボールシャツというのも見かけなくなった。

ただそれはオシャレの方向性が違うだけだ。中田英寿にタイガースのユニフォームが似合うか。中田は大阪の粋（スイ）である横山やすしにとてもよく似た顔だからタイガースのユニフォームが似合うかといえばたぶん似合わない。あの体型ではタテ縞を着こなせまい。ところで横山やすしで思い出したのですが、小林信彦の『天才伝説横山やすし』って、すごい面白い。喜劇人の評伝としては『おかしな男・渥美清』よりよっぽど面白いと思うんだけど、そっちより売れてないってのは、やっぱり大阪人が主人公だからなんですかね。

で、中田がタテ縞を着こなせないからといって「中田がファッションセンスがイケてない」とは誰も言わない（彼のふだんのファッションセンスについていろいろ意見はあるが）。中田が悪いのではなく、タテ縞がださいのだ、という結論になる。流行なんてそんなもんだと理解しているつもりでも、深みがないよなあと思わざるをえない。野球のユニフォームをフル装備で着て、それがカッコイイってのは、すごく難しいことなんだが。それがよくわかるのは場外馬券売場でして、草野球を終えた人々が馬券買いに来ているのをよく見かける。ユニフォーム姿でマークカード塗ってるのを見ていると、しみじみ感じますよー、「野球のユニフォームは着こなすのが難しいよなあ。グリコの人はうまいこと着てるよなあ」。野球のユニフォームを着こなせてこそオシャレも一人前。

私はスポーツ選手にあんまりエロを感じることがない。どういうわけかない。いい体してるなと思うことはあるが、「よくできたカタチ」を見てるようなもので、ドキドキするようなことはない。ある種のラグビー選手が男性器に似てるなと（顔から首サシ＝競馬用語＝にかけてのラインが）思うことはあっても、それは「性器に似ている」だけであってエロではない。岩石みたいな顔、とかイソギンチャクみたいな顔、というのと同じ意味で言ってるだけだ。そんな私が「ああっ、これは、この人は、たまらん！」と、その体を見ただけで身もだえしてしまった男がいる。

それは優勝した年の、阪神の掛布だ！

てことは十八年前のことですね。今の掛布ってあんなふうになっちゃってますが、十八年前の掛布もたいして変わりはなかったです。今も昔もぜんぜん私の趣味ではないです。当時、阪神ファンだったが、私が好きだったのは山本和行でしたし。

しかしだ。あの年の掛布って、すばらしくエロチックだったんですよ！

うーむ、エロチックというのはちょっとちがうんだけど。まあ「セクシー」というのが近いところだが、「セクシー」というのはとても手垢のついたコトバで、そう書いた瞬間に安っぽくなる。まるで掛布が黒いブラジャーとガーターベルトをして笑いを取っているような。そんなんじゃないんだ、あの時の掛布のセクシーは。

掛布はそれほど長身ではないし、すごく引き締まってたわけでもないし、手足が長かったわけでもない。で、顔はああいう「気のいい動物系」。それが、そういうものをすべて呑み込んで、すばらしくエロチックだったのだ。体全体のバランスがまろやかに完璧で、筋肉はすばらしくやわらかくてしなやか。見ているだけでとろけそうな体だったんですよ。打席に立って構えてる時や、サードを守っている時の姿がテレビに映るたびに、私はうっとり見とれた。何に見とれていたかというと、その時、掛布はタテ縞のユニフォームをぴったりと着こなしつつ、見ていると全裸姿が目に浮かんだからだ。全裸でバットを振る掛布。全裸でサードライナーに飛びつく掛布。ほんとに、見てるだけでとろけた。

重ねて言うが、私は掛布は趣味じゃない。そんな私をクラクラさせるほどその時の掛布ってのは、ふしぎなエロオーラを立ちのぼらせていた。スポーツ選手が最高に調子を上げるとああなるのか、と、その後、「最高潮であろうと思われるスポーツ選手」を注意深く観察しているのだが、いまだに掛布みたいなのは出会ったことがない。あれは掛布ならではの「個性」だったのか。

今年のタイガースで、その匂いをかすかにだけれども身にまとっているのが濱中おさむであるが、ケガで後半戦いなかったのが惜しまれる。フル出場してたら、エロオーラ出してたのだろうか。ところで、掛布といえば現役時代、ベースボール・マガジン社から自伝を出していた。掛布以外にもいろんな選手が自伝を出していてたぶん全員ゴーストが書いたに決まってるが、中では掛布のがいちばん面白かった。内容というより、語り口が面白くて、中間小説みたいだった。でもそんな本は誰も取り上げないし、忘れ去られる。こうして書いている私も今思い出したぐらいだ。とにかく阪神タイガース優勝おめでとう。
      
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   <title>第１２９話　　あぁ～、しんどぉかったぁ！</title>
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   <published>2003-09-17T03:30:00Z</published>
   <updated>2007-03-23T03:52:00Z</updated>
   
   <summary>　フジＴＶの朝の情報番組で『ホテル・ハイビスカス』の版元でもある沖縄のボーダーイ...</summary>
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      　フジＴＶの朝の情報番組で『ホテル・ハイビスカス』の版元でもある沖縄のボーダーインクのＳＬ本（←ＳＬです！）とヤギさん本が紹介されていた。沖縄へ行き、心通う親しい友人になると何故かヤギさん料理が登場する。沖縄の食に関しての本は色々とあるがヤギさん本は１冊も出ていない。…筈？マスコミ関係者の間では可也の評判になっていて………と、ここまで書いて原稿を置いていたら『本の雑誌／２００３年１０月号・カニ缶闇討ち号』の中で「地方・小出版よろず案内」のコラムを執筆している某出版取次の川上賢一さんが『沖縄のヤギ（ヒージャー）文化誌』（平川宗隆／ボーダーインク）を絶賛していた。ううぅぅぅ…！先を超されたぁ！（泪目…）
　ウエちゃんのＰＣの傍にはいつも『おきなわキーワードコラム』（沖縄出版）の「日記版」と「事典版」が必ず置いてある。この２冊は沖縄の大ベストセラー本で、事典版に至ってはウエちゃんが買った時点で既に１６刷という驚異の刷部数になっている。この本の執筆監修をしたのが現・ボーダーインクの編集長で沖縄の基地問題等の議論が起る度に、テレビや新聞紙上に本人の気持ちとは無関係に登場する若き日の新城和博である。近々にボーダーインク版の『おきなわキーワードコラム』も出るらしい。
　そんなこんな、なんやかんやと彼方此方で沖縄関係の文句百曼陀羅を書き綴り、喋っていたらボーダーインク関係者から、
「お前を成敗に大阪へ行くから関西空港までジャンボタクシーを運転して来い！」
　と言う連絡が入った！おぉ～～～！どっからでも、かかってこぉんかぁい！ワイは日本拳法３段やぁ！通信教育やねんけど…

　２００３年９月４日（木曜日）　快晴酷暑／最高気温…３４．０℃
　昨日が３５．３℃だった。一昨日が３５．５℃。本日も朝から快晴で肝臓激悪のウエちゃんには最高のコンディション！正午過ぎに関西空港へボーダーインク編集部御一行様が那覇から到着する。南港の車庫を出てジャンボタクシーを運転しながら一路、阪神高速道路湾岸線を南下。熱い！
　午前１１時３０分には関空に到着する様に出庫。予定通りに午前１１時２０分に阪神高速道路湾岸線から関空連絡橋へ侵入。ジャンボタクを含むタクシーの関空連絡橋は特割料金なので千円札を料金所のオッちゃんに出すとオッちゃんは「はぁ？」…というような顔をして「１７４０円やでぇ！」…と言う。「なんでやねん？タクシーやでぇ？ぼけぇ！こらぁ！」…と優しく聞き返すと、ウエちゃんが運転するジャンボタクには行燈（アンドン）が付いていない。行燈がない場合には関西国際空港株式会社の規定で普通乗用車とみなして、どんなタクやハイヤーでも１７４０円を貰っている。ワイは従業員やから知らん。文句は関空会社へ言ってくれい！…と言う風な事を言った。ジャンボタクに行燈を付けたら頭を擦ってしゃ～ないわい！あっ、そうでっか！これから大阪へ来るお客さんには伊丹を使うように言っておきます。通行料はお客さん負担やから可哀想や。それでのぉ～ても大阪市内中心部から４０キロもあって不便やのに。いつまでも強気の商売やのぉ！普通の商売やったら客に不便を背負わせたら、なぁんか負けてくれるでぇ！なぁ？（誰に聞いてんねん？）
　関空会社指定のタクシーのお迎え待機場所に並ぶとショバ代を千円も取られるので一般車輌レーンで待機。（なんでんかんでん、金が要る国際空港やでぇ！）
　ほどなくボーダーインク編集部で昨年まで永年働いていて、現大阪在住のボーダーインク大阪支社長のみとり嬢がワッセワッセとやって来て飛行機が遅れている事を教えてくれる。さぁ、新城和博を先頭にボーダーインク編集部の到着だ！男は新城和博が一人。みとり嬢を入れた残りの６人は全員がうら若き（←表は知らん！）女性である。ワイの体調を気遣って沖縄の健康長寿土産をドカドカと渡されて「すまぬ、すまぬ！」を連発。聞けばどぉも大阪と岡山への研修と称し世間を誤魔化しての旅行らしい。（ふむふむ…ホテル・ハイビスカスでえらい儲かったな？新城は夏川りみの作詞もしているし…おぉ、憧れの印税生活！）
　ウエちゃん運転の怪しいジャンボタクシー（怪ジャン）は関空に屁をかまし阪神高速湾岸線で大阪市内へ。１０分ほど走ると怪ジャンを追い抜いた車が覆面パトに追いかけられて西部警察のようなカーチェイス！右手に城が見える。
「大阪の高速道路は怖いさぁ～！」…と誰かが言ったので「いや、右にお城が見えるからここは、あの岸和田やでぇ！」…と言うと「ほぉ～～～！」…と全員合わせて４５ほぉ～ぐらい？ナカバ君ちの上を抜けて、阪神高速湾岸線の天保山ランプで降りて海遊館がある天保山ハーバービレッジで昼食。うちな～んちゅが生まれて初めて食す大阪名物のいか焼きが好評。日本一低い天保山の場所を教えて編集部員全員で登頂を試みる。しかし山頂三角点には立てず（見つけられず）全員が泪を呑んで勇気ある下山。（なんで…？）
「希望の場所を言うてくれたら何処へでも行くでぇ！」…と聞くと一人が、
「甲子園！」…と言うので即刻却下！
　結局、ジュンク堂大阪本店近くの曽根崎新地の宿泊ホテルで旅装を解く。途中、甲子園の代りに大阪ドームを車窓見学。ウエちゃんが「ジュンク堂の名前の謂れを知ってるかぁ？」…と、怪ジャンを運転しながら振向いて聞くが全員出版関係者なのに誰も知らなかった。「ジュンク堂はなぁ…云々」…と教えると全員がびっくりして怪ジャンのシートの肘掛を「ほぉ～！」…と言いながら叩いて全員で１２５ほぉ～ぐらい。（おっ、金の脳が…？）
　再びホテルを出発。北新地（きたのしんち）を横切り『神田川』の前を過ぎたら９０ほぉ～！南行き一通６車線の御堂筋を南下して道頓堀へ。途中、御堂筋の真ん中に人知れず朽ち果てて立っている松尾芭蕉終篤碑の横を通ると新城和博が「芭蕉はこんな道の真ん中で野垂死んだんですか？」…と歴史に残る名言を。（りみちゃん？こんな人に作詞して貰って大丈夫か？）
　道頓堀手前の御堂筋に大阪的路上駐車をして時間無制限の自由行動。次の行きたい場所を聞くと「黒門市場へ行きたい！」…と言う。駐車が難しい所ばっかりやんけぇ！黒門市場入口前で超々大阪的路上駐車。他に止める場所がない！ここでも時間無制限の自由行動。帰ってこない！うちな～んちゅ（沖縄人）を時間無制限の自由行動にすると行く先々で食べるわ！呑むわ！又、呑むわ！…で困ったちゃんになる。怪ジャンの運ちゃんは昼寝に入り熟睡する。
　夕刻になりご希望の大阪城へ。途中、道頓堀東詰北角にある安井道頓の碑を指差すと又もや新城が「それ誰ですか？」…と本気で？マーク。（もう一回聞くけど、りみちゃん？こんなんでえぇのん？）
　夕闇の大阪城周辺を散策して、怪ジャンの運ちゃんの肝臓が暑さでしんどくなってきたので、編集部の宿に近いウエちゃんの行き付けの西天満にある秘密の隠れ屋へ連行してマスターに預ける。ウエちゃんはそのまま逃げるように入庫。２時間ほどして隠れ屋の宴会に合流。沖縄より暑い酷暑の大阪で食べて呑んで、呑んで呑んで、呑んでの連続でバテバテの御一行。さぞかし２時間も経てば倒れ掛けて寝ている筈と見越して宴会に合流。げっ！なんじゃ！ビールと芋焼酎の体内注入で昼より元気倍増！
　ウエちゃんやっと完全に諦めました。長生きしたいから沖縄移住計画は…
      
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   <title>第１２８話　　鮎とボラが南港で大漁です！</title>
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   <published>2003-09-09T07:00:00Z</published>
   <updated>2007-03-23T03:51:59Z</updated>
   
   <summary>　２００３年８月１６日（土曜日） 薄曇／最高気温…３０．２℃ 　暑いのでゆっくり...</summary>
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      　２００３年８月１６日（土曜日） 薄曇／最高気温…３０．２℃
　暑いのでゆっくりと夕方から出勤。余裕、余裕！ぐっふふふっ！はははっ！
　南港（咲洲／さきしま）のＷＴＣ横のオープンエアスタジアム特設会場で『a-nation avex SUMMER FESTA 2003』の開幕だ！
　浜崎あゆみ、ＥＬＴ、Do As Infnity、倖田來未、BoA、EXILE、dream、day after tomorrow、hitomi、LISA、Heartsdales、BREATH、Nao、SweetS…という凄い豪華出演者大集合で南港はどえらいこっちゃ！ほんでもワイは半分しか知らんぞ！あと半分は誰やねん？
　タクシー運転手を生業にしている奴らはめっちゃえぇ加減な所がある。全員が個性の固まりの集まりで、毎日乗ってくるお客さんより数倍の二乗で面白い。今回のライブは野外特設会場と第二会場では二日間に数万人もの人出が予想される。ライブ終了後は電車にも乗れずに空車タクシーを求めての大混雑も確実必至。
「明後日なぁ、南港のなぁ、ＷＴＣの特設会場でなぁ、ＥＬＴやあゆ、BoAが来てなぁ、ごっつい人出になるさかいに一応皆に連絡しといてくれぃ！」
　とウエちゃんがタク仲間に伝言。この時点ではっきり申し上げて思っくそ嫌な予感！一日経って、その伝言が予想通りに喋りのタクシー運転手の間を廻りに回って、ウエちゃんの元へ帰ってきた。
「ウエちゃん！知ってるかぁ？明日の南港は凄いらしいでぇ！異常気象なんか知らんけどなぁ、鮎や鯔（ボラ）が釣れてなぁ、夜になったら凄い人出になるらしいでぇ！ほんでなんか知らんけどＥＴＣが、なんちゃら言うてたでぇ！」
　いったい途中で話を変えた運転手は誰やねん！？
　午後６時頃、会場周辺の様子を見に南港の咲洲（さきしま）へ。特設会場の外にはタダ聞きの車列が溢れ返り既に大渋滞。ウエちゃんも窓を開けてタダ聞きするが何のこっちゃ分からへん！
　コンサート終了後の南港のコスモスクエア駅は人で埋まり、a-nation超特需！…と午後１１時頃にコスモスクエア駅へ！…ん？誰もいてへん！タクシー乗場にタクシーもいてへん！…ん？…なんで？ぎゃ～～～！遅かった！ううぅぅぅ…！
「運ちゃん！何してんのん？もぉとっくに終わったでぇ！」…とテキヤの兄ぃちゃん。呆然と泪をこらえて火星を見つめるウエちゃん。見るに見かねたテキヤの兄ぃちゃんが「オッちゃん！これ、食べぇ！」…とカチカチになったベビーカステラを３個もくれる。うぅぅ…美味かったぁ！もう１個ない？

　２００３年８月１７日（日曜日） 曇／最高気温…２９．０℃
　盂蘭盆休暇の最後の日曜日で暇だと判断して午後から海遊館へ行く。げっ！忙しい！人で溢れ返っている。早々と退散。昨日は、a-nation超特需！…に乗り遅れたので早めに自宅へ帰って休憩と夕食と、地方からライブに来たお客さんが乗り込んで来て超々長距離が出た場合に備えての仮眠。午後９時に起床。午後９時３０分に自宅を出発。午後１０時過ぎに南港の咲洲（さきしま）のコスモスクエア駅へ。ははははっ！もぉ誰もいてへん！惨敗…。ううぅぅぅ…！ほっといて、くれぃ！

　２００３年８月１８日（月曜日） 晴のち曇／最高気温…３２．２℃
　夕方から海遊館のある天保山周辺でドラマのロケが始まる。
「おい、タクシー！どけどけぇ！警察の道路使用許可があるんじゃ！どけぇ！」
　と印籠を出される。
　ふぅ～～～ん！ワイにそんな態度でいいのかねぇ？某番組制作会社さん？
　
　２００３年８月１９日（火曜日） 晴／最高気温…３３．６℃
　本日より破竹の勢いで負け続けているロード帰りの阪神タイガースが大阪ドームで３連戦。ＪＲ環状線大正駅周辺は絶対にトラトラ特需。この夏は特需が多くて疲れ果てた。最近、あまりにも涼しいので日曜日まで秋休み。…と休んだら突然、大阪が暑くなりました。おょょ！
　あまりにも暑いので蓼科の別荘か知人がやっている蓼科牧場のロッジへでも行こうと思うが、むちゃくそ暑すぎて行動する気が萎える。結局、日曜日まで正午就寝、午後９時起床という超規則正しい生活を送って満足、満足！あっ…！蓼科の別荘は一応、別荘という字の頭部分に小さな字で『貸』と付いています。

　２００３年８月２５日（月曜日） 快晴／最高気温…３４．５℃
　休暇あけで労働意欲が湧かない！休みの期間中連日快晴で気温が３４℃以上あったらしい。昼に寝て、夜に起きてエアコン部屋にいてたのでなんも知らん！タクシーの仕事をしなければ動かないので腹も減らない。腹が減らないのであまり食べない。交通渋滞のストレスも感じず溜まらないので１キロ痩せてしまった。このまま一年ぐらい休み続けたら３０キロは痩せられる計算になる。ほんまかいなぁ？
　午後２時過ぎに嫌々出庫。５分後、南港のＡＴＣ（アジア・太平洋トレードセンター）前を通るとＡＴＣのタクシー乗場に一台もタクシーが止まっておらず、バックパッカーのような奴がウエちゃんのタクシーに向かって西城秀樹の『ＹＭＣＡ』のように踊りながら叫んでいる。嫌々、ＡＴＣのタクシー乗場に入構すると韓国人の学生のバックパッカーだった。「アンニョン、ハセヨ！」「アンニョン、ハシムニカァ！」と挨拶をする。行き先は同じ南港咲洲内にある国際フェリーターミナル。憧れの日本旅行を終えて韓国へ帰るらしい。しかし、バックパッカーがタクシーに乗るか？まぁ、一番暑い時間やから仕方がないか。
　出庫の時からオシッコがしたかったので国際フェリーターミナルから１分ほどのＷＴＣ（ワールド・トレードセンター）に寄る。…んが、ＷＴＣ手前で客に捕まる。本日あまり仕事はしたくないんやけど、まぁどうせ近距離だろうとドアを開けると…げっ！長距離！どないしょ？本日は五十日（ごとび）。阪神高速は大渋滞。お客さんと話をして高速を諦めて下の道で。しかし、下の道も大渋滞。オシッコ、漏れそぉ！途中でホンマに死にそうなくらい出そうなので、
「す、すんまへん、お客さん！斯々然々云々ですねん！」…と言うと、
「ワイもしたいねん！ほんならどっかでしよかぁ？」
　と天使に見えるお客さんの一言。嬉しぃ～～～！某公園の某公衆便所で連れション。ホンマに助かりました！下車時にお客さんが差し出したタクシーチケットを受取り会社名と部署、氏名を見てビックリ！某超大企業の某役員さん。ははははは！（冷や汗タラリ…）
　昼から長距離が出るとホンマに労働意欲が失せるウエちゃん。帰り道に本屋さんへ寄ったり、図書館に入ったり、尾道ラーメンをすすったり、いか焼きを食べたりしてそのまま休憩仮眠に突入。夜の部の仕事は午後１１時前から開始。ＪＲ環状線の大正駅へ。午前０時前、何も考えず緊張感もなく、ほげぇ～としていたら本日３回目のお客様がタクシーのドアをノックする。ひぇ～～～！遠距離割引タクシーでもないのに、基本料金割引タクシーでもないのに、大阪一値段の高いタクシーなのに、阪神高速堺線に乗り堺を超えてもっと、もっと、もっと、向うの町へ。ひひひひひっ！本日の仕事はこれで終わり。
      
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   <title>第14回</title>
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   <published>2003-08-29T06:50:00Z</published>
   <updated>2007-03-23T07:27:24Z</updated>
   
   <summary>　世の中には、「不味フェチ」という人種がいる、と思う。 　いや、当人には、そうい...</summary>
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      <![CDATA[　世の中には、「不味フェチ」という人種がいる、と思う。
　いや、当人には、そういう自覚はないと思うのだけど、はたで聞いてると、どうやってもそれは、「飛んで火に入る夏の虫状態」というか、「不味さのオーラ」にすうっと魅きつけられている、としか思えないのだ。
　彼らは一様に、その不味さに憤慨する。
　憤慨はするのだが、激怒はしていない。その証拠に、自分の体験した「不味さ」を語る時の顔が、「えぇいっ、思い出しても腹が立つっ！」というような表情ではなくて、「いやぁ、もう、参っちゃったよ」という表情になっていることからも分かる。
　表情だけではない。「不味かった体験」を語る彼らの口調は、誇らしげでさえ、ある！
　店構えのただならなさの描写から始まり、いざ店に入った時の感じ、注文までの過程、店側の対応、実際に料理が運ばれてきた時の印象。最大のヤマ場は、もちろん、その「味」である。
　実は、この「味」を語る時こそ、彼らが最も愉しそうな時だ。ありとあらゆる言葉を駆使して、いかにその食べ物が不味かったか、を語る時、心なしか、彼らの目は生き生きとしているようにさえ思える。
　店構えからしてただならないのなら、そんな店には入らなければいいのに、と私なんかは思うのだけど、「不味フェチ」の彼らにとっては、どうもそうではないらしい。
　何ていうのだろう。「不味いんだろうなぁ」と思って入った店が、予想通りに不味いことに、ある種の安心感を得るようなのだ。でもって、「ちっ、やっぱり不味かったか」と思うことで、納得するらしいのである。
　私は、不味いものを提供しておいて、あまつさえお金をとる、というそのあり方は、食べ物屋さんとして、真っ当ではない、と思っているので、そんな店には近づかないし、ついうっかり入ってしまう、なんてこともない（ちなみに、この「ついうっかり入ってしまう」というのも、「不味フェチ」に共通していることのような気がする）。
　と、こう書いてしまうと、私が、「反・不味フェチ」みたいに聞こえるかもしれないけれど、そうではない。私自身は、「不味いフェチ」ではないし、なれないと思うのだけど、不味フェチ話を聞くのは、嫌いではない。
　げ～、ひっど～い。何、それ？　行くなよ、そんな店～、ぐぇ～っ、などと茶々を入れつつ、彼らのチャレンジャーぶりに、感動すらおぼえることがある。
　何よりも、彼らの話は、「笑える」のだ。不味さ、というのは、突き抜けてしまえば、それはもう、ある種の芸のようなものかもしれない、と思う。

「笑える」ということでいえば、「本の雑誌」９月号で、鏡明さんが、こう書いている。
「食うについての私の基準は、二つあって、うまいか、面白いか、このどちらかであれば、満足。（中略）でも、こうしてみると、私にとっての「まずい」というのは、「面白い」ということに含まれているのかもしれない」
　うまいか、面白いか、この二つが基準だ、という鏡さんは、私から言わせると、立派な「不味フェチ」である。しかも、かなりの、上級「不味フェチ」だ。
　数年前に、鏡さんとお会いした時に、鏡さんが体験した「とんでも料理」の話を聞いたことがあるのだが、それはそれは、凄かった。
　あるレストラン（日本にあらず）で、「海老チリ」をオーダーした時のこと。出て来たのは、見た目には普通の「海老チリ」。だが、ひと口食べたら、それは「海老チリ」とは、似て非なるもの、というか、全然別の食べ物だった。何たって、チリソーズであるはずの赤いソースの部分が、「ジャム」だった、というんである！　そのインパクトたるや、想像するだに凄まじい。
「もう、笑うしかないよね」と鏡さん。
　私は思わず、「それはいい経験をしましたね」と言ってしまった。
「そう思うよね。っていうか、そうとしか思えないよな」鏡さんは笑って言った。
　海老チリが甘い！　これはもう、ひどいを通り越して可笑しい。可笑しいを通り越して、何やら得難い経験であるとさえ思えてしまう。そんなものに出会ってしまうなんて、それはいっそのこと、ラッキーである。そんなふうに思えてしまう鏡さんは、やっぱり、「不味フェチ」上級者だと思う。

「不味フェチ」に限らず、不味いもの、に関する話は、不思議と盛り上がる。こんなに美味しいものを食べたよ、という話だって、それなりに愉しいけど、あれは不味かったよなぁ、という話の方が、より愉しい。特に、それが、ある特定の世代に共通の「不味体験」だったりすると、話は尽きない。
　１９６１年生まれの私の世代で言うと、その一つが「脱脂粉乳」である。
「脱脂粉乳」体験があるものどうしは、同じ戦火をくぐったような、というのが言い過ぎかもしれないけれど、それだけで連帯感が生まれるのだ。
「脱脂粉乳」というのは、私たちの世代が、小学校の学校給食で、強制的に飲まされていた飲み物で、言うなれば、牛乳の代用品、である。
　あの、曰く言い難い匂い、不気味な（としか思えなかった）味、深いな喉越し感……。それはもう、「脱脂粉乳」トラウマとでも呼びたいような、過酷な経験だったのだ。
「脱脂粉乳」の味そのものだけの話でも、相当盛り上がるけれど（中には、「私はそんなに嫌いでもなかったよ」なんて言う人もいて、それはそれで、今度はその人の味覚について、話が盛り上がったりする）、「脱脂粉乳」攻略法も、各人のテクニックがあり（鼻をつまんで飲む、給食当番の子に泣きついて、量を極力減らしてもらう、なるべく味あわないように一気に飲んで、すぐおかずを食べる、等々）、話は尽きないのである。

　もう、人生の折り返しを過ぎた私なんかは、後に残された食事の回数は限られているから、できれば一食たりとも不味いものは食べたくないなぁ、と思っている。不味い食べ物にお金を払ったりしたくない。
　だけど、気をつけていても、たまたま不味いもの、に当ってしまうことも、ある。不味そうな店の不味いもの、ならいざ知らず、それなりの店で出てきたものが不味かったりすると、私なんかは、もう、頭から湯気が出そうになる。にもかかわらず、食べ物を残すことができないので、猛烈に憤慨しながらも、残さず食べてしまうのだが、これが自分ながら、無性に腹がたつ。そういう時の私は、ダンナ曰く「テーブルまで食べそうな勢い」で食べているらしい。
「あぁ、もう、あったまに来るなぁ。何だよ、あれ」
　店を出てすぐに、ぶうぶう文句たれる私に、ダンナが言う。
「もう来ることはないんだから、いいじゃん、いい経験したと思えば」
　はい、うちのダンナも、「不味フェチ」なんです。


<strong>食いしん坊レシピ　その14　「イカ団子スープ」</strong>

１　イカはワタをとって、皮をむき、身の部分を包丁で細かく切った後、叩いてミンチ状にする
２　１を、白身魚のすり身と混ぜ合わせる
３　鶏ガラスープの素で、スープを作っておく
４　３のスープが沸騰したら、２を団子状にして、お鍋に落としていく
５　イカ団子が浮き上がってきたら火を止める
６　ナンプラーをたらして、たっぷりの香菜を散らして、出来上がり

＊イカとすり身は、つなぎを入れない方が、イカの食感が味わえます。イカのワタと下足は塩辛に。イカ２杯で、５～６人前はできます。イカは刺身用のイカを。]]>
      
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